世界中で色々なものを食べてきた。
地球のあちこちでは、日本人の感覚では、「え、これ食べるの!?」というようなものが、日常的に食されている。ぼくが食べたのは、もちろんその一部である。中米では巨大ネズミを。南米のアマゾンでは生のピラニアを。モンゴルではタルバガンを。そして、パラオではコウモリを食べた。
パラオに出かけたのは、釣りが目的であった。GTと呼ばれる巨大なアジを釣りに行ったのだ。日本ではロウニンアジ。世界的にはジャイアント・トレバリー、これを略してGTということになる。
たいへんに引きが強く、ルアーで釣るのだが、掛かったら一大事である。海の猛獣である。海の中で、鉤(つりばり)に掛かった肉食獣が大暴れしているような感じだ。18キロの小物でも、一尾釣ったらもうぐったりだ。これを何尾か釣って、夕暮れの風通しのよいレストランのテーブルで、だんだんと夕焼け色に染まってゆく空を眺めながら、コロナビールを飲む。至福の時だ。
いい心もちになったところで、メニューが出てくる。
それを眺めていたら、なんと、コウモリのスープというのがあるではないか。なんじゃこれは。
もちろん注文いたしました。
出てきたら、なんと、もろにまるごとコウモリである。白濁したスープの中に、コウモリが半分翼をたたんで仰向けになって歯を剥(む)き出しにしているのである。どう調理をされたのか、まさに死ぬ間際の断末魔の表情がそのままそこにあるのである。しかも野菜にまみれて、刻んだネギがその上に振りかけられているのである。これをいったいどうやって食べたらよいのか。
仲間と思案していると、なんと給仕の方がスープの中からコウモリを取り出して、横の皿の上に乗せて、ナイフとフォークで解体してくれて、
「さあどうぞ」
ということになった。
おそるおそる食べたら、お、案外淡泊でウマいんじゃないの。ただ、いつも歯を剥いたその顔が見えているというのが、なんともなあ。
翼も食べろというので食べるとゼラチン質で、知っている食感で言うと、キクラゲのようである。このコウモリ、フルーツバットという種類で、実はミクロネシアではごく普通に食べられている食材なのである。
食い終わってみれば、あまりにも我々はその姿と対決して食べてしまったため、肝心のスープの味がよくわからなかったという顛末(てんまつ)でございました。=朝日新聞2019年7月6日掲載