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#28 今を噛みしめて ミャンマー・ニャウンシュエ

ニャウンシュエの市場。女性が頬に塗っているのは、日焼け止めの効果もあるという化粧品「タナカ」

 この夏、2週間ほどかけて、ミャンマーを旅した。旧首都で最大の都市であるヤンゴン、世界三大仏教遺跡の一つで、めでたく世界文化遺産に登録が決定したバガン、ミャンマー第二の都市マンダレーといろいろ巡ったけれど、個人的にはインレー湖の北にあるニャウンシュエという町が気に入った。

 インレー湖クルーズの拠点となる町ではあるが、そんなに大きな町ではない。中心部は自転車で30分もあれば一周することができる。観光客向けの宿泊施設や旅行代理店は多くあるが、際立って見るべき名所もない、“普通の町”だ。のんびりと、そして淡々と生活が営まれている“普通”な感じがまた良かった。

 そのニャウンシュエで、ミャンマー料理を教えてくれるという料理教室に参加した。教えてくれるのは、ズズ。オランダに留学した経験があって、とても流暢な英語を話す女性だった。メニューを選んで、食材を買って、料理をして、食事をする。4時間ほどかかったが、これが非常に面白かった。

料理を教えてくれたズズ

 地元のマーケットをめぐる。簡単なテントや屋根が張られ、野菜、魚、肉、干物、日用品と雑多に店が並ぶ、野外マーケットだ。海外を旅行するときは好んでマーケットに足を運ぶ私だが、現地の人と一緒に買い物をする経験は初めて。「バナナには生食用とジュース用とブッタに供える用とがあって…」だとか「この茶色い粉はね、シャンプーに使えるの」だとか、「へぇ〜」の連続だった。

 ミャンマー料理は油を多用する。前菜は魚のチップス(油で揚げる)、茶葉やトマトを使ったサラダ(油で炒める)、野菜スープ(油で炒めて煮込む)、メインデイッシュは豆腐カレー(具材の豆腐を油で揚げ、ルーも油で炒める)、デザートはフライドバナナ(油で揚げる)。さすがに胃もたれするかなと思ったが、ズズのレシピは思ったよりも“あっさり”していて、どれもおいしかった。

 ズズはとてもおしゃべりで、料理に関する話はもちろん、自分の身の上話もしてくれた。29歳の彼女は、「そろそろ結婚したら?」という周りからのプレッシャーを感じているという。恋人もいるが「自分の中でまだ結婚の時期ではないの。ようやく仕事が軌道に乗り出しているから」と。昨年からスタートさせたばかりの料理教室は順調なようで、今が一番仕事が楽しい時期なのだろう。「結婚して子どもができたら、今みたいに仕事はできないと思うの」。仕事と家庭・子育てとの両立で悩むのは、何も日本だけではないのだなぁと知った。

ズズの教室でつくった、豆腐カレー。これまた絶品なんです。

 旅から帰って、小林希『恋する女、世界をゆくー29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)を再読した。29歳で会社を辞めて、退社したその日から旅に出た小林さん。境遇が似ていることもあって、勝手に憧れている旅作家の一人だが、彼女もかつてミャンマーを訪れていた。ガイドブックをなくしたり、スパイダーに噛まれたりとハプニングがあっても、全編を通して、人と出会い、人に救われた旅行の様子が描かれている。

そういえば、ヤンゴンの東京ゲストハウスで会った女性が言っていた。「1年前にもミャンマーに来たけれど、たった1年でいろいろなものが新しくなった。これからその変化の勢いはもっと加速して、今のミャンマーは失われる」と。その言葉を思い出し、「今」を噛み締めながら歩く。(193ページ)
新しい価値観や、人との出会い、未知なる発見があって、それから別れがあるだろう。自分の中の不要なものだって、削ぎ落とされていくだろう。旅とはそういうものだからだ。旅を通して、自分らしく生きてみたい。強くなりたい。その姿は、私にとっての「素敵な女性像」。(28ページ)

インレー湖で見たフィッシャーマン。伝統的な漁法をしているのは少数派で、どちらかといえば“観光目的”の要素が強い。

 ミャンマーの旅、ニャウンシュエの心地よさ、ズズとの出会い。本を読んで改めて気づかされたが、今だからこそ感じることができて、今でなければ出会えなかったことがあるのだと思う。あと数年経ったら、ミャンマーは確かに変わっているだろうし、ニャウンシュエも、もっと都会になっているかもしれないし、ズズも結婚したり、子どもを産んだりしているかもしれない。私自身も何かと変わっていると思うし。

 …そう思うと、すでに過ぎた旅の一瞬一瞬が何だか急に愛おしく、切なささえも感じるが、まぁいい。とりあえずは今感じたミャンマーを心に刻んでおこう。そしてまたミャンマーを訪れる機会があったら、その「今」を比べてみたいと思う。