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先の見えない展開にゾクゾク 杉江松恋

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『沈黙の少女』 ゾラン・ドヴェンカー著 小津薫訳 扶桑社ミステリー 1166円
  2. 『ダラスの赤い髪』 キャスリーン・ケント著 府川由美恵訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1210円
  3. 『猟犬の旗』 芝村裕吏著 角川文庫 734円

 (1)ドイツ・ミステリーの最先端を行く本作は、先を読ませない語りの技法にまず魅了される。
 冒頭から二つのエピソードが並行して進んでいく。一つは、13歳のルチアが、両親が留守の間に6歳の弟とともに連れ去られるという事件だ。戻ってきたのはルチア1人で、彼女は何が起きたかを6年間語ろうとしなかった。もう一つは酒場である意図を持って4人の男たちと接触し、仲間として入りこもうとする教師・ミカの物語である。
 この二つの流れが短い断章でつなぎ合わされるが、話の全体像はなかなか見えてこない。だからこそ種明かしの瞬間には法悦のような驚きが訪れるのだ。

 (2)は正攻法の犯罪小説で、警察と麻薬組織の闘いが描かれる。捜査の失敗から銃撃戦が始まる序盤から物語は転がり続け、読者の心を高揚させるだろう。
 テキサス州ダラスという保守的な舞台に女性主人公を配した設定も成功している。そのエリザベス・リジック刑事はレズビアンなのである。事件を解決するだけではなく、周囲の男たちとも彼女は見えない闘争を繰り広げ、勝利していく。

 (3)は本格的なスパイ小説だ。ペルー出身だが日本の情報機関に猟犬(スパイ)として使われる「俺」は休暇中のある日、任務を命じられる。同時多発的に始まった爆弾テロに対処するためだ。事件の背景には外国人労働者の受け入れ問題があり、慣例に支えられていた体制が揺らぐさまが皮肉に描かれる。日本を冷静な目で外側から描いた一編とも言える。=朝日新聞2019年7月20日掲載