- 高橋秀実『悩む人 人生相談のフィロソフィー』(文芸春秋)
- 柚月裕子『検事の信義』(角川書店)
- 長岡弘樹『119』(文芸春秋)
『悩む人』の高橋秀実は、むずかしいことを分かりやすく書く、達意の文章家の一人だ。
本書は、著者が新聞で担当した人生相談の問答を軸に、ほとんどやけくその人生論をぶつ、なんとも愉快な本だ。だれしも、〈「友達」は裏切る〉や〈人柄より顔〉〈おやじはニーチェ〉などという見出しだけで、ん?と思うだろう。しかし、人生哲学を語ってこれほどおもしろく、膝(ひざ)を打つ本はめったにない。古今東西の、さまざまな本からの博引旁証(はくいんぼうしょう)ぶりは、ほんとに全部読んだのか!?とツッコミを入れたくなるほどだ。
さらに、文中にしばしば登場する著者夫人の、ずぶとい女傑ぶりを見よ! これはもう、かつての人気ドラマ「刑事コロンボ」の、〈うちのかみさん〉に匹敵する、陰の主人公だ。全国の、「悩みなどない!」というみなさんに、ぜひともお薦めしたい。
弁護士が、容疑者の無実をはらしたり、逆に検事が狡猾(こうかつ)な犯人の弱点をつき、真相を暴いたりする法廷小説は、さほど珍しくない。柚月裕子の『検事の信義』は、そうした通常のタイプとは、趣を異にしている。このシリーズは、一見罪を犯したようにみえる、あるいはそうみせたいと願う、容疑者の裏にひそむ真実を暴くという、手の込んだミステリだ。
主人公の佐方貞人は、とくに目立つキャラではないが、粘り強さを身上とする、公判部の検事。収録四編の中でも、二転三転したあげく新たな疑惑を残して終わる、「恨みを刻む」がおもしろい。また、著者の別のシリーズの主人公が、電話だけで登場する一編もあって、にやりとさせられる。
『119』の長岡弘樹は、かつて『教場』で話題を呼んだ作家だが、本作もある地方都市の消防署の分署を舞台に、さまざまな消防士が相互にからみ合う、同じタイプの群像劇だ。二五〇ページほどの、薄めの本の中に九本もの短編が、ぎゅっと詰め込まれている。
一編の主人公が、他の編で脇役へ回るなど、消防士の生態を重層的に活写して、読み手をあちこちへ引っ張り回す。専門知識も、作中に無理なく生かされている。コロンビアの消防学校へ、救助技術の伝授に行った消防士が、誘拐されて死ぬ思いをする「救済の枷(かせ)」などは、短いながら息をのむサバイバル小説に、仕上がっている。もう少し、ページを増やしてほしい、と思いたくなるほどだ。
三冊とも、きわめて牽引(けんいん)力の高い、おもしろ本といえよう。=朝日新聞2019年7月23日掲載