――そもそもテレビ局に勤めながら、小説を書こうと思われたきっかけはなんでしょうか。
本を書く行為に非常に憧れたというか。会社の後輩が10年ほど前に、ある本を出版したことがあって、それがとてもうらやましかった。自分も何かできないかと思って、仕事の合間に書き始めたのがきっかけですね。その後輩が出した本はノンフィクションだったんですが、自分は取材で体験したことをそのまま書くっていうのは仕事上できなかった。じゃあ、フィクションをやってみようかなって書き始めたのが最初です。いろんなジャンルの小説を書いていくうちに賞があるって気がついて、出してみようかなと。応募したら1次とか2次は通るんですよ。そうすると楽しくなるじゃないですか(笑)。
江戸川乱歩賞や、このミステリーがすごい!大賞とか、ライトノベル大賞とか電撃小説大賞とか、いくつか応募しました。でも2次くらいまでは行くんですけど、最終選考には残らない。何故だろうって真面目に研究して、じゃあ小説教室に通ってみようと。1年ぐらい通いましたね。朝日カルチャーセンターがやっているところです。文学賞受賞者を多く出している根本昌夫先生で。芥川賞ダブル受賞(岩竹千佐子さんと石井遊佳さん)の際、両方とも根本先生に師事したと話題になりました。
――テレビ局ではどのような部署を経験して、時間のやりくりはどうされているのですか。
20年ちょっと報道の現場にいまして。だいたい半分を記者、半分を番組の制作者。外信部ではモスクワの駐在員を一番長くやっていました。そのあと、情報制作局で情報番組のプロデューサーをしたり、広報宣伝の仕事をしたりしています。忙しいといえば忙しいのですが、時間の使い方は人それぞれ。子育ても一段落して、今は書くことに仕事以外の時間をすべて注いでいます。
――ご多忙の中で執筆時間は1日でどれくらいされているのですか。
多く書けるのは週末ですかね。平日は時間がなかなかとれなくて、自分のスマートフォンのメモ帳が音声認識できるので、思い付いたことをベラベラと吹き込みながら歩いている。はためから見たら変な人だと思いますよ(笑)。電車内ではiPadを使っているので、移動中も書いていますね。
――今作で職人気質な「見当たり捜査官」にスポットを当てた理由は。
「見当たり捜査」については元々知っていましたが、NHKの「ノーナレ」というドキュメンタリー番組で、「見当たり捜査」を取り上げたものを見たんですよね。すごく面白くて。これならいけるかもってことで、それで一気に書いた感じです。
――「見当たり捜査」で驚いたことは何でしょうか。
街中でずーっと立ってるってことですね。そうすると渋谷とかでも見ちゃいますよね。今、ここにもいるんじゃないかって。
――人間と最新技術である人工知能(AI)ホークアイの対比が面白かったです。人間である捜査官は何百人といる容疑者の顔を記憶し、ひたすら街頭に立って指名手配犯を見つけ出します。一方、AIは防犯カメラの映像をリアルタイムで解析して、登録されている指名手配犯を検知して逮捕へとつなげる……。ホークアイは中国で実際に使われているAI犯罪者追跡システム「天網(てんもう)」がモデルですね。
AIは世界中が関心を寄せているものでもあるので、ギミックとして絡ませたいなって思っていました。そうするとAIは何ができるのだろう。警察との関わりはって、いろいろなことを調べていくと顔認証に行き当たる。もちろん、小説に出てくるホークアイというシステムはフィクションです。アメリカとかはいろんな技術を持っている訳だし、もしかしたら現実の方が進んでいるものもあるかもしれない。中国はすごく進んでいます。人脈を活かして話を聞いたり、ネットで調べたりしました。
――時代設定を東京五輪後にしたのはなぜですか。
最新のテクノロジーっていうものを、現実のものとして書くというよりは、ちょっと先の方がフィクションとしていいのかなと。荒唐無稽にならない程度の技術を作品の中で描く場合は、ほんの少し先の未来がいいんじゃないかなと思ったんです。
――五輪後、実際にありそうな未来ですね。
フィクションではあるんですけど、その先の未来はどうなるっていうのを表現できればいいなと思っています。(小説のストーリーのように)テロは起きてほしくはないですけど、防ぐ手段として、相手がある程度の技術を持って事を起こそうとするのであれば、守る側も無策ではいられないと思う。この小説はエンターテインメントですが、問題提起みたいなのをできたらなっていうのが、サブテーマとしてはありますよね。自分もそういうことを常に考えてはいるので、同じ関心を持っている人と小説をきっかけに話してみたいっていうのはあります。
――ドローンやアドトラックを使ったテロ作戦の着想は。
ドローンが好きなんでしょうね。ほかの作品でも出していますし(笑)。ドローンはそんなに重たい物を運べる訳ではないですが、テロの道具として使えるんですよね。読んだ人の中には、これは小さいからテロは非現実的ではないかって仰った人もいる。いやいや、そうではないと。小さくても応用できるし、実際にアメリカ軍も研究している。便利な反面、そういった危険な側面もあるんです。
アドトラックは広報をやっていたからです(笑)。アドトラックをうちの会社はあまり使わないんですけど、構造を調べていくと面白いんですよ。
――テロを実際に目の当たりにしたことはあるんですか。
モスクワ支局時代にありました。当時はテロが盛んで。爆破されたアパートとかテロ直後に取材しました。あとは中央アジアとか。アフガニスタンもね、9・11(2001年の米同時多発テロ事件)の取材で行っていますし。小説を書く上で大きな経験となっています。
――主人公の水野乃亜は新人で、さらにキャリアにした理由はあるのでしょうか。警察官だった父は無差別殺傷事件で、アメリカ・ボストン大学時代の恋人は爆弾テロ事件に巻き込まれて亡くなりました。つらい過去を背負いながらも父と同じ警察官の道を選び、悲しい事件を減らすために信念を持って奮闘する姿が印象的です。
若い主人公の成長っていうのが好きなんです。ベテランが事件を解決するっていうもありなんでしょうけど、彼女には成長して出世してほしいなと思ってます。主人公には試練がないといけませんよね。これでもかってね。内面は強い女性でもちろん頭もいいですが、スーパーガールでは全然ない。(女性を主人公にしたのは)ヒーローよりもヒロインが好きなのかもしれません。
――第1弾となっていますが、今後のイメージはどこまで膨らませているのですか。
繰り返しになりますが、主人公をさらに成長させて、役職を上げていきたいなとは思います。今は係長で、キャリアの中においてはまだまだ下っ端ですから。好きな海外の小説で、映画にもなりましたが「ジャック・ライアン」シリーズ(トム・クランシー著)があります。主人公が最初はCIA(アメリカの中央情報局)の分析官でしたが、最後は大統領になる。いいですよね。
――主人公・水野乃亜はキャリアです。今後、ノンキャリとの関係性は。
今回はある一定の形で「みんなで頑張ろう」ってことだったんですけど、そうもいかなくなるときもあると思います。階級が上がっていけば必ずそういう場面ってあるじゃないですか。「踊る大捜査線」(フジテレビ系の刑事ドラマシリーズ)もそうでしたよね。出世すればするほど、現場と折り合いがつかなくなる。それって現実の会社でもあると思う。
厳しい言い方をすれば、立場によって見る世界が違うというか。下からすると「なんだよ」みたいな部分も、上の立場で見ると妥当っていう判断も当然あるし。自分は中間管理職なんで、よく板挟みになりますけど(笑)。警察組織は一般社会の縮図と言ってもいい。部下と上司、年配の部下がいる若い上司とか。そういう人間関係の中で起こる軋轢みたいなものもテーマの一つです。
――今後、シリーズ化されたら展開はどうなるのでしょうか。
数年後みたいなものはイメージしています。東京はもっと変わってくるでしょうし、そういう世界を見てみたい。主人公の水野乃亜も一階級くらい役職を上げないといけないので管理職になっていく。現場には出て欲しいと思っているので、あんまり偉くなっちゃうのはどうかなと思いますけどね。
――小説を通して読者の方に一番伝えたいところは。
犯罪捜査というものは、機械やAIでは代用できない。人と人が「どうなんだろう」と話し合って真相に迫っていくもの。もちろん複合的にやるのがいいとは思うんですよね。AIの技術はビッグデータを使って、将来、捜査の現場にどんどん取り入れられていくと思います。だけど使いこなせる人間がいないと宝の持ち腐れです。
だから作品の中で一番伝えたいのは、主人公が葛藤する姿です。テクノロジーに関心はありますけど、最後は人間だよって。やっぱり根性だって言うつもりはないですけど、(小説の中で)最新テクノロジー(AIを活用した衆人環視システムのホークアイ)が不具合を起こしたように、人間の経験と能力って強いものであり続けると思っています。