マンガは今や、スマホやタブレットなどのモニターで読まれるものになりつつある。出版科学研究所の統計によると、2018年のマンガ出版の販売金額は、紙のマンガ本・雑誌が前年比6・6%減で2412億円、電子媒体が同14・6%増の2002億円。両者は早ければ今年のうちに逆転しそうな状況だ。
「マンガは電子メディアで楽しむ」という傾向は、ネット大国と言われている韓国でより顕著だ。「ウェブトゥーン」ということばを聞いたことがあるだろうか? 韓国で発達したデジタルコミックスの形式で、ページをめくって読む冊子型のマンガと違って、ひとつづきの縦スクロールになっているのが特徴。
韓国のマンガは、キャラクターの造形やマンガ記号の使い方など、表現的には日本マンガに大きな影響を受けているが、縦スクロールとなることで、画面におけるコマの配置も、それまでの冊子マンガとは違う形に。コマというのは、マンガ作品の中に時間の流れを作る重要な要素だが、画面全体におけるコマの配置や、コマとコマの関係性が変化することで、ウェブトゥーンは、読者に、それまでの冊子マンガとは異なる時間感覚を提供していると言える。
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このウェブトゥーンを文化振興のひとつの柱にしようとしているのが、韓国第二の都市である釜山広域市。その計画の中核となっているのが、17年に国と広域市が出資して作った「釜山グローバルウェブトゥーンセンター」、そこで毎年開催されている「釜山ウェブトゥーンフェスティバル」だ。
7月12~14日に行われた3回目となるフェスティバルに、筆者も足を運んだ。特設のメインステージではバンド演奏や作家トークショーなどが、別の会場ではマンガ家のライブドローイングや物販などが開催され、ファンや家族連れを楽しませていた。
期間中、センターの別館では、毎年異なるテーマで企画展が開かれる。過去には、紙メディアから電子メディアへの移行を経験した「第一世代」のマンガ家たちの苦労を、ウェブトゥーンとして採用してもらえなかった「没原稿」で表現する「挫折マンガ展」など、ウェブトゥーンというメディアの性質や歴史そのものを問うような興味深い展覧会が企画されている。
今年のテーマは「世界に飛び出したマンガ」。グローバルに展開したり、実写映画になったりした作品を紹介すると共に、キャラクターたちが現実世界に抜け出たかのように、様々な形で立体化された展示が見られた。企画展のテーマに合わせた創作ミュージカルの上演も、そうした「立体化」のひとつだ。
釜山の場合、重要なのは、公共事業であるセンターやフェスの企画・運営を、地元の作家自身が中心になって行っていることだ。24時間利用できるパソコンルームを置くなど、センターの最大の目的は次代の作家を育てることだが、ウェブトゥーンの様々な可能性を探ることも作家の役割、という発想が興味深い。
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そもそもウェブトゥーン自体、マンガ表現が単線的に進化したものではなく、アニメーションやゲームなど、ウェブ空間で実験されていた様々なビジュアル表現が混じり合って発展してきたメディア。一方、日本のデジタルコミックスは紙のマンガ本をいかに電子化するかという発想から抜け切れていない。紙メディアとしてのマンガ出版が巨大な産業として成立しているがゆえだ。
実際、ウェブトゥーンセンターは、映画やデザインなど様々なメディアや表現をテーマにした八つの施設が隣接する「センタム文化産業振興地区」に作られていて、そこでの相互交流の中、新しい形のコンテンツが生まれることが期待されている。
こうした発想が、日本のマンガ文化にどのように影響を与えるのか、与えないのか、今後の動向が見逃せない。(伊藤遊・京都国際マンガミュージアム研究員)=朝日新聞2019年7月30日掲載