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わくわくの機会 澤田瞳子

  先日、かねての夢が叶(かな)った。それは「社員食堂に行くこと」だ。
 会社勤め経験がなく、日々一人で机に向かう仕事だけに、会社という組織には憧れがあるし、社食なぞテレビでしか知らない。想像が膨らみ、「いいなあ、社食」と言う私が不思議だったのだろう。上京した折、出版社の担当さんが「明日、お昼食べに来ますか」と誘ってくれた。
 その会社は総務部が二週間分の献立を張り出し、基本一日一メニュー。廊下の掲示板を見れば、明日の献立は三色重とかき氷。……かき氷?
 「シェフがマイかき氷機を持ち込んで作るんです」
 「三色重って何ですか?」
 「社食の定番で、鳥そぼろと卵とインゲンの丼です。あ、その翌日がエビチリでしたね。これ、人気メニューなんですよ」
 翌朝、目を覚ました私は真っ先に、「お昼は三色重だ!」と思った。ほとんど、好きな給食を待つ小学生のノリである。案内された社食は大学の古い食堂を思わせ、広い厨房(ちゅうぼう)が丸見えだった。カウンターでお兄さんが三色重と味噌(みそ)汁をよそってくれ、おかずの煮物は好きなだけ。デザートは白玉あんみつに変わっていたが、生クリームもついてこれも取り放題。
 見回せば、ある人は本を読みながら、ある人は壁のテレビを見ながら、みな三色重を食べている。会社こそ同じでも、年齢も性別も仕事内容も違う人たちが、一つのメニューを共にする。
 小学生の頃の給食は、全員同じものを食べるのが当然だった。大人になり、食べたい品を選ぶ自由を得た代わり、好きな献立の日を指折り数えるわくわくは遠いものとなった。
 ご飯を小盛(こもり)にしたせいでそぼろは少し辛く、卵は甘みが強かったけど、三色重はとてもおいしく、そして懐かしかった。
 きっと今ここにいる人の中の何人かは、明日、「今日はエビチリだ!」と思って起きるのだろう。そのわくわくが、やっぱり少しうらやましい。=朝日新聞2019年9月11日掲載