「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、9月15日がアガサ・クリスティーの誕生日ということで、彼女の『バートラム・ホテルにて』の世界を味わいます。
エドワード王朝時代の風情を残す、ロンドンのバートラム・ホテル。まるで時が止まったかのように平穏な空気が流れるホテルで、常連客の牧師が失踪してしまいます。そして、ある霧の夜、殺人事件が起きて……。休暇でホテルに滞在していたミス・マープルが、優雅なホテルの裏に隠された驚愕の真実を暴くミステリーです。
「ほんもののシード・ケーキ」を食べる
物語は、エドワード王朝時代(1901年~1910年)にタイムスリップしたかのような雰囲気が漂うバートラム・ホテルの描写から始まります。なかでも、バートラム・ホテルの特色のひとつとされているのが午後のお茶。いわゆる、英国の伝統的なアフターヌーンティーです。
紋章つきの銀製盆にジョージ王朝時代の銀製ティー・ポット。茶碗は、本もののロッキンガムやダベンポートでないにしても、それらしくみえる。
そんな優雅なアフターヌーンティーを入口の大ロビーで楽しんでいるのは、ホテルの常連、老婦人のセリナ・ヘイジー夫人。ヘイジー夫人曰くバターたっぷりの「ほんもののマフィン」の最後のひとかけらを口に入れると、給仕頭のヘンリーがすかさずシード・ケーキをすすめてきます。
シード・ケーキとは、スコーンなどと並んでアフターヌーンティーの定番のお菓子のひとつ。クラシカルな英国式ティータイムを堪能すべく、今回はシード・ケーキを作ってみました。
イギリスではポピュラーなスパイス、キャラウェイシードを使ったバターたっぷりのケーキです。一見するとバター生地のシンプルな焼き菓子に見えますが、食べてみると甘みとほろ苦さが同居したキャラウェイシードの風味とプチプチとした食感が面白いケーキでした。
「シード・ケーキね? もう何年も私シード・ケーキなんて食べたことないけど。ほんもののシード・ケーキでしょうね?」 「それはもう、はい。てまえどもの料理人がもはや長年にわたりましてその調製法をやっておるのでございますから。必ずやお気に召すと信じます」
ほんもの志向のヘイジー夫人のお口にもきっと合うはず。素朴な味わいながらも、紅茶と一緒にいただけば英国気分に浸れます。