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「刺して、引っ掛けて、出す」技法に込められた人間のエネルギー 「カザフ刺繍」の廣田千恵子さんインタビュー

文:宮崎敬太、写真:北原千恵美

「国」という単位ではなく文化を受け継ぐ「人」を知ってほしい

――廣田さんがカザフ刺繍を知ったきっかけを教えてください。

 偶然ですね。大学でモンゴル語を専攻していたことから、ウランバートル(モンゴルの首都)に語学留学をしたんです。でもウランバートルって特に娯楽もないし、ずっといてもつまんないんですよ。それで先輩に案内してもらって、モンゴル国内をまわったんです。そこでモンゴルの西端、バヤン・ウルギー県にモンゴル人ではなく、カザフという言語も文化も全然違う人たちがいることを知りました。

 ひとつの国にまったく違う文化があるのが面白くて、バヤン・ウルギーの魅力にはまりました。カザフ刺繍と出会ったのはその時です。私自身はもともと刺繍や織りに全然関心がなかったんですが、なんとなく興味を引かれて一枚買って帰ったんですよ。それを自宅でまじまじと見ていたら、「っていうか、これが手作りってすごすぎないか?」と圧倒されてしまい、すっかり魅力にとりつかれてしまいました。

『カザフ刺繡 中央アジア・遊牧民の手仕事 伝統の文様と作り方』(誠文堂新光社)より

――カザフスタンの刺繍なのかと思ったら、モンゴルの刺繍なんですね。

 いいえ、モンゴルの刺繍でもありません。カザフというのは、中央アジアに居住する遊牧民族のことなんですよ。カザフという言葉は単にカザフスタンを指す言葉ではありません。カザフ刺繍とは彼らの装飾文化のひとつです。私自身は国という単位ではなく、この文化を受け継いでいる人たちのことをもっと知ってもらいたいと思って、この本もあえて「カザフ刺繍」という形にしました。

――廣田さんは何をされている方なんですか?

 私は大学院生です。今はモンゴル国に住むカザフについて研究しています。彼ら彼女らと一緒に暮らして、牧畜を体験したり、手芸技法を学んだり。モンゴル国に住むカザフ人はなぜ刺繍を続けているのか、みたいなことを日々考えていますね。

文化を伝えるのは人と人が直接触れ合うことが一番効果的

――本書はどんなきっかけで作ることになったんですか?

 編集の方からお声がけいただいたんです。2018年に私の刺繍の先生であるカブディル・アイナグルさんを日本に呼んでワークショップをしたんです。これは私自身が強く思うことなんですが、文化を伝えるのは人と人が直接触れ合うことが一番効果的だと思うんですよね。なので、アイナさんを日本に呼びました。だけど来てもらうのは簡単ではなかったです。私たちがバヤン・ウルギーのことを全然知らないように、アイナさんも日本のことなんてまったく知らない。だから彼女にとっても一念発起だったんですよ。

 でもそのワークショップをきっかけに編集の方がカザフ刺繍を知ってくれて声をかけてくれたんです。アイナさんの思いがこうして形になったことは素直に喜ばしい。

――カブディル・アイナグルさんは本書でさまざまな刺繍や文様、制作風景なども公開されてますね。廣田さんはアイナさんとどのように出会ったんですか?

 アイナさんはもともとバヤン・ウルギーで刺繍を作って販売したり、刺繍を教えたりしている人なんです。それをアメリカ人の友人が知って会いに行こうとしたんだけど、その子は現地の言葉が話せないから「通訳としてついて来て」と私にお声がかかったんです。それがきっかけですね。

 実はカザフ刺繡に興味を持って、私自身も現地で数名のカザフ人の女性に習っていたんですけど、あまりうまく刺すことができなかったんですよ。ある日アイナさんに何気なく上手く縫えるようにならないと話をしたら「毎日私のところに来い」と(笑)。彼女はカザフ刺繍を刺す人の中でも達人の域の人でして。普通はまず下絵を描いて、そこをなぞるように刺していくんです。でもアイナは下絵なしで直接刺す。だから制作スピードもものすごく早い。しかもすごく教え方が上手な方なんですよ。アイナさんのスパルタレッスンのおかげで、私はようやく縫えるようになり、今では人に教える立場にもなりました。アイナさんとは今は親戚みたいな関係ですね。

カザフ刺繍は人間の生きるエネルギーが感じられる刺繍

――カザフ刺繍からは美しさと同時に力強さも感じました。文様単体はかわいいけど、一枚の布になると迫力がすごいというか。

 この刺繍は彼らが夏の間に暮らす天幕型の住居の内壁にかけるタペストリーに施されることが多いんですよ。この住居のことを現地ではウイと呼んでいるんですが、電気とかもないので実際に入ってみると意外と暗いんですね。だからカザフ刺繍では赤とか強い明色、暖かいイメージを与える色が好まれるみたいです。さらにその色をコントラストでより強調するために緑などの補色を組み合わせたりする。バヤン・ウルギーの天幕型住居には、こういう刺繍された大きなタペストリーがものすごくたくさんかけられているんですよ。それはそれはすごい迫力です。

『カザフ刺繡 中央アジア・遊牧民の手仕事 伝統の文様と作り方』(誠文堂新光社)より

――今回の本には腎臓をモチーフにした文様も掲載されていましたよね? 赤が多いのは血のイメージなのかと勝手に思ってました。

 私もなんで赤が多いのかなと思って質問したことがあるんですよ。そしたら「特別な意味はないよ」って言われました。彼女たちの間では「赤が綺麗」という共通認識があるみたい。彼女たちは常に意味を意識してるわけではないんですよね。ただ「赤が綺麗だから」というそれだけみたい。一度私が「青をベースした刺繍を作ってみたら?」と提案したら、一笑にふされましたし(笑)。

 腎臓のモチーフに関しても、そこまで重い感じじゃないんですよ。確かに私たちが「腎臓」ときくとドキッとしてしまいますが、彼らにとって腎臓モチーフの文様は豊かさの象徴なんです。彼らは自分たちで家畜を屠るんですが、腎臓がたくさんある模様は彼らにとってはそれだけたくさんの家畜がいることをイメージさせるものらしくて。腎臓が大事な臓器だと認識しているからなんでしょうね。

――そこで腎臓を連想することが文化の個性なんですね。もしかしたら、僕が刺繍から感じた力強さは、カザフ文化そのものの持つ力強さなのかもしれないですね。

 それはあるかもしれませんね。私自身もカザフ刺繍は人間の生きるエネルギーが感じられる刺繍だと思います。

「自分もやってみたい」と思う人が増えたら“恩返し”になる

――刺繍から滲み出る力強さとは、モンゴルで暮らす異民族であるからこそ生まれるものなんでしょうか?

 確かにモンゴルという国の中では、カザフは少数民族なので、そこで自分たちの民族を主張するという部分は少なからずあると思います。けど一概にそうも言えない部分もあって、バヤン・ウルギー県に住んでいるのはほとんどがカザフなんですよね。その視点からカザフ刺繍を使う理由を考えると、それはコミュニティの調和なんですよ。刺繍は女性の仕事なので、かわいい綺麗な刺繍をすると褒められる。「私にも刺してよ」なんてね。お礼に羊一頭もらえたりとか(笑)。

 なにかの出来事、誰かの行動は、いろんな角度から読み解くことができると思うんです。さらに言うと、この布は母が嫁入り道具として娘に持たせるものでもあるんですよ。大事な子供が新しい家で不自由しないように、愛情を込めて刺すんです。そして自分に娘が生まれた時、同じことをしてあげる。その人を思う気持ちが原点にあると思いますね。

――そうした文化がこういう形で日本に入ってくるのは大きいですね。この本の大きなポイントは実際に自分で刺繍できるということですからね。

 それは本当にそう思います。実際、本を読んで作ったという人がいらっしゃって、写真を送ってくれたんですよ。すごく嬉しかったです。こういうことが起こるのが本の素晴らしさだと思う。インターネットでどれだけ発信しても、実際に刺繍してみようという気にはなりづらいんですよね。でも手の感触を通すと、なぜかちょっとやってみたくなる。これは理屈じゃないと思うな。だから私は今回、書籍という形にできたことがすごく嬉しいし、光栄なことだと思っています。「自分もやってみたい」と思ってくれる人が増えて、カザフ文化に関心を持ってくれる人が増えたら、現地でお世話になったたくさんの人たちへの恩返しに少しは繋がるんじゃないかなと。

――最後にこの記事を読んでカザフ刺繍に興味を持った人にメッセージを。

 カザフ刺繍って大きくて、とにかく迫力がある。タペストリーなんて実際見ると、すごく感じるものがあるんです。でも刺繍自体は意外と誰でもできるんですよね。そんなにいろんな技法を駆使してるわけじゃなくて、刺して、引っ掛けて、出すっていう、ただそれだけ。とても親しみやすいものなので、興味を持ったら是非やってみてほしいです。ポイントは根気よくってところかな(笑)。