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ステージ4の舌がんを経験した堀ちえみさん「この世のすべてが以前とはまったく違って感じられます」

 「もう人生の幕を降ろしてもいいかな」

 2019年1月、舌がんステージ4の告知を受けた私は、涙を流すこともなくそう覚悟を決めていました。ご飯も食べられないほど舌に痛みがあったので、少しでも早く苦痛から解放されたかった。「手術、化学療法、緩和ケア」の3つの選択肢を与えられた時も、緩和ケアを選ぶつもりでいました。でも、7人きょうだいの末娘のひと言で考えが変わりました。「私はまだ16歳だよ。お母さんとはもっと一緒にいたいから生きてほしい」と泣き叫ぶように言われた時、「ああ、子どもたちのために生きなきゃいけない」とハッとさせられたのです。

 すぐに手術して、舌の6割以上と首のリンパ節のがんを切除したのですが、本当の苦難はそこからがはじまりでした。術後、顔と首が大きく腫れあがり、太ももから舌に移植した肉の塊が口から飛び出した顔を鏡で見たときの絶望感……。「なぜ生きることを選んだのだろう」、「なぜ生かされてしまったのだろう」と、何度、気持ちが後ろ向きになったかわかりません。その度に、なんとか気を取り直すことができたのは、家族はもちろん、私の命を助けてくださった医療スタッフへの感謝の気持ちがあったからです。

 舌の切除手術をすると言語障害が残る、という説明を受けたのは主人で、私は術後に伝えられました。人前で話す仕事をしている私が、後遺症のことを知ったら手術を拒む。主人はそのことをわかっていて、あえて黙っていたのです。だからまずは、命をつないでからリハビリを頑張ってほしい、と考えてくれた主人の思いやりに感謝しました。同時に入院生活中は、私の命をなんとか助けようと頑張ってくださった医療スタッフの熱い気持ちと、応援してくださったファンの皆さんにも励まされました。そんな周りの人たちへの感謝の気持ちから、「とにかく生きよう」と前を向くことができたのです。

 術後、地獄のような3日間が過ぎ、はじめて言えた言葉は「ありがとう」でした。生きていることのありがたみを知って、家族にも医療スタッフにも「ありがとう」と言いたくて、その言葉ばかり口にしていました。「ありがとう」って、言えば言うほど幸せな気分になるし、自分も励まされる不思議な言葉です。

 私は今まで、いくつもの大病を患っては乗り越えてきましたが、ステージ4のがんの闘病ほどつらい経験はありません。舌がんの術後、さらに食道がんが見つかった時は精神的ダメージが大き過ぎて、手術後はじめて「つらかった」と声に出して主人に言いました。早期発見でステージ0だったのですが、つらいときはつらいと口に出すことで、気持ちが楽になることもあるんですね。「早く見つかってよかったね!」と明るく言ってくれた子どもたちにも救われましたが、がん患者本人より家族のほうがつらいこともあるんだなって、子どもたちを見ていて何度も思いました。次女は、道徳の授業で家族ががんになったらどうすべきか習ったのに、他人事だと思って話を聞いていなかったことを後悔していました。がんは寄り添うものではなく、向き合うものでもなく、闘うものです。だから、当事者も家族も苦しいときは苦しいと言えて、同じ立場の人と思いを共有できる場があったほうがいいですね。

 今までの経験でムダなことは一つもありません。私の体験談が誰かの命をつなぐきっかけになれば、あのまま死ななくてよかったと思える。言語障害は残ったけれど、それ以上に得たものもたくさんあります。空の色、太陽の光、鳥の声……。この世のすべてが以前とはまったく違って感じられます。残された人生は神様が与えてくれたギフト。絶望の淵に立たされたステージ4から、希望に満ちた新しいステージを歩いていくために、これからもリハビリに励んで前を向いて生きようと思っています。