この数カ月、「検閲」という言葉がメディアをにぎわした。8月初旬、「あいちトリエンナーレ2019」の一企画「表現の不自由展・その後」が中止されたことについて、検閲ではないかとの声が多方面から上がったためである。私たちの言論環境について、疑問や不安を感じさせる出来事が増えている。
憲法21条は、表現規制について、公権力の担い手に最高度の自制を求めることによって一般市民の「自由」を最大限保障しようとしている。中でも「検閲の禁止」は、戦前の言論弾圧への反省から、公権力に対してとくに強い絶対的禁止を課したものだと理解されている。
検閲とは、国や自治体などの公権力が表現物の内容を閲覧し、公表の可否を審査したり修正を求めたりすることをいう。表現内容の良し悪(あ)しは可能な限り市民の判断に委ねられるべきで、被害を受けた者がいれば当人が訴え出るのが原則である。公権力が表現の流通を抑え込むことは、民主主義の血流を止め、主権者の「知る権利」を塞ぐことになり、許されない。
浮世絵も文学も
日本で過去に行われてきた検閲はどのようなものだったか。鈴木登美ほか編『検閲・メディア・文学 江戸から戦後まで』は、江戸時代にさかのぼってカバーしている。当時の歌舞伎や浮世絵への検閲は、性表現の抑制と共に奢侈(しゃし)(ぜいたく)を抑制することに高いウェートがあった。最近の春画ブームの前提知識としても興味深い。
戦後になっても、GHQの占領下で検閲は行われていた。原爆の被害実態についての検閲とアメリカへの情報提供はよく知られている。共産主義などの思想を含め、監視対象は多岐にわたったことが、山本武利『GHQの検閲・諜報(ちょうほう)・宣伝工作』にまとめられている。児童書に対する念入りな検閲は、谷暎子『占領下の児童出版物とGHQの検閲』(共同文化社)に詳しい。
森鴎外、佐藤春夫ら文学者の作品も検閲され、発禁処分となってきた。水沢不二夫『検閲と発禁 近代日本の言論統制』は、明治期から1940年までの様々な具体例を図版を挙げて丁寧に検証していく。特に天皇や二・二六事件に関わる記述となれば厳しかったことが窺(うかが)える。紅野謙介『検閲と文学 1920年代の攻防』(河出書房新社)、河原理子『戦争と検閲 石川達三を読み直す』(岩波新書)も、検閲の実態を描き出す。
日本国憲法21条2項によって禁止される検閲は、最高裁判例によると、表現の思想的内容について、公表前(事前)に行政権によって網羅的に行われる審査、とされている(84年12月判決)。この定義は実際に起きたことに比べて、あまりに狭い。辻田真佐憲『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(光文社新書)などを見れば、戦前・戦中も、新聞社や出版社の自己検閲と忖度(そんたく)、つまり「空気」が大きな力を持ったことがわかる。こうした総合的な「検閲」概念を、憲法21条2項の解釈に取り込んでいくのか、あるいは「萎縮効果」のような別の観点からとらえて理論化していくのかは、今後、議論が成熟してくるだろう。
警鐘鳴らす必要
「表現の不自由展・その後」は再開され、「あいちトリエンナーレ」は終了したが、文化庁はこれに対する補助金を交付しないと決定している。自治体が行う芸術祭のような場面では、作品の内容に問題ありとして支援しないことが、かつての《検閲と統制》と類似する効果を持ってくる。補助金は、表現活動の成否を決定的に左右する。補助金の操作を通じて表現内容に介入するような運用は、「事実上の検閲」「助成制度の上で起きる、新たな検閲」ではないかと警鐘を鳴らす必要がある。問題はなお終わってはいない。=朝日新聞2019年10月26日掲載