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山形明美さんの絵本「どこ?」シリーズ ジオラマ制作から撮影、テキストまで2年がかりの力作

文:加治佐志津、写真:斉藤順子

1~2カ月かけて、1見開き分のジオラマを制作

―― 6月某日、出版社の地下にあるスタジオで、探し物絵本「どこ?」シリーズ最新作の撮影が行われていた。1メートル四方ほどはあろうかというセットの上に、木や草花、動物、様々な小物などが細々と配置されている。カメラマンが撮影すると、作者の山形明美さんと担当編集者がすぐさまパソコンで画像をチェック。小物の位置をミリ単位で調整していく。空に浮かぶ雲は、透明な糸で吊り下げられた綿で表現されていた。数カ月後、最新作が完成したとの知らせを受け、改めて取材に伺った。

 「どこ?」は、物語の世界に散りばめられた様々な探し物を見つけていく絵本です。絵本といっても、私は造形作家なので、絵を描く代わりに1シーンずつジオラマを制作しています。それを1カットずつ撮影した写真で構成しているのが、「どこ?」の特徴です。

スタジオでの撮影の様子。探し物の候補となるアイテムがちょうどいい具合に写っているかチェックして、配置をミリ単位で調整していく(撮影:加治佐志津)
スタジオでの撮影の様子。探し物の候補となるアイテムがちょうどいい具合に写っているかチェックして、配置をミリ単位で調整していく(撮影:加治佐志津)

 1作目は、2003年に出版された『どこ? つきよのばんのさがしもの』(講談社)。満月の夜に突然部屋が動き出して、探し物の旅が始まる、という設定で、子ども部屋やキッチン、リビングといった家の中のシーンや、公園や森、上空からの風景など、外のシーンを盛り込みました。それ以降、ほぼ2年に1冊のペースで新作を出していて、最新作『どこ? パーティーのさがしもの』が9作目となります。

 制作は、作品ごとのコンセプトを考えて、ラフを描くところから始まります。そのあと、そのラフをもとにジオラマを作っていくんですが、最初の頃は、ジオラマの制作に入る前に段ボールなどでサンプルを作って、シミュレーション撮影をしていました。カメラのレンズやカメラ位置を決めることで、ジオラマをどのくらいの高さ、どのくらいの奥行きで作るのか、立体的なサイズの目安を立てるんです。でも最近は、経験を重ねてきた甲斐あって、シミュレーションなしでもサイズ感がつかめるようになってきました。

記念すべき1作目『どこ? つきよのばんのさがしもの』(講談社)より。子ども部屋の中から、「揺れるカーテン」「回る地球儀」「不思議な音楽を奏でる木琴」などを探していく
記念すべき1作目『どこ? つきよのばんのさがしもの』(講談社)より。子ども部屋の中から、「揺れるカーテン」「回る地球儀」「不思議な音楽を奏でる木琴」などを探していく

―― ジオラマの制作は自宅で行っている。発泡スチロールや粘土、布など、様々な材料を駆使して、色鉛筆やリンゴといった小さなものから、家や木、山などの大きなものまで、ひとつひとつ丁寧に制作していく。

 1シーン分のジオラマを作るのに、1~2カ月ほどかかります。ジオラマがひとつできたら撮影して、またその次のページのジオラマ制作に入る……という手順で進めているので、1冊の絵本を作り上げるのに、どうしても2年はかかってしまうんですよ。

 ジオラマの制作はとても細かくて、地道な作業です。シリーズ5作目の『どこ? ながいたびのさがしもの』では、ひつじを100匹、葉っぱを3570枚作りました。何も考えずに、ただひたすら手を動かして作り進める感じですね。テレビでサッカー観戦している間も、ずっと木の葉を作っていたりして。粘土で作った動物は、なめらかになるまで紙やすりでとことん磨きをかけます。表面がつるつるになったら、やっと着色。時間のかかる作業ですが、色をつけるとぐっと雰囲気が出るので、楽しくなってきますね。

 今回の新作でやった床のタイル貼りも、大変だけれど好きな作業のひとつです。奥行きを出すために、タイルは手前から奥にかけ少しずつ小さくしています。タイルを1枚1枚貼り終えたら、次は目地を埋めていきます。手間がかかった分、完成の喜びも大きいですね。

『どこ? ながいたびのさがしもの』(講談社)の「さばくをこえて」のシーンに登場したラクダたち。手前にいるラクダは大きく、奥のラクダは小さく作ることで、遠近感を演出している
『どこ? ながいたびのさがしもの』(講談社)の「さばくをこえて」のシーンに登場したラクダたち。手前にいるラクダは大きく、奥のラクダは小さく作ることで、遠近感を演出している

光や水の表現に試行錯誤しながらの撮影

―― ジオラマが完成したら、出版社のスタジオに運び込み、撮影に取りかかる。大きな台の上にパーツを配置したり、照明や空の色などの撮影効果を決めたりと、この段階でもやることは盛りだくさん。作者の山形さん、担当カメラマン、編集者ら「どこ?」制作チームが一丸となって知恵と力を出し合い、朝から晩まで丸一日かけて、最高の1カットを撮影していく。

 シリーズの最初の頃はフィルム式の一眼レフで撮影していたので、実際にどう撮れているのか確認ができなかったんです。代わりに小さなポラロイドを何枚も撮って、拡大コピーしてチェックしていましたが、なかなか大変でしたね。今はデジタル一眼を使っていますから、撮影したらすぐにパソコンの画面でチェックできて、かなり助かっています。

 撮影はデジタルになりましたが、基本的にCGは使わずアナログでの演出にこだわっています。中でも水の表現は、これまで特に力を入れてきた演出のひとつです。1作目では、水中撮影に挑戦しました。と言っても、ジオラマを実際に水の中に沈めるわけにはいかないので、上に巨大な水槽を置き、水面をバシャバシャ動かして、その波紋の影を写し込もうとしたんです。でも、まったくうまくいかなくて……。試行錯誤の末、波模様のステンドグラスを置くことで、水中の光の揺らめきを表現することができました。

『どこ? つきよのばんのさがしもの』(講談社)より。いくつも浮かぶ泡は、透明なビーズタイプの芳香剤を使って表現した
『どこ? つきよのばんのさがしもの』(講談社)より。いくつも浮かぶ泡は、透明なビーズタイプの芳香剤を使って表現した

 雨は、細いナイロンの糸に、UVレジンという紫外線を受けると固まる樹脂を雨粒のようにつけることで表現しています。今回の新作の水たまりのシーンでは、透明なキャンドルを作るための材料、ジェルワックスを使いました。缶詰の缶の底って、同心円状の凹凸があるじゃないですか。その部分にジェルワックスを垂らして、ぺろっと剥がして水紋を作ったんです。

 他にも、霧を作るフォグスプレーにライトを当てて木漏れ日を演出したり、ドライアイスを活用したりと、撮影では本当にたくさんの試行錯誤を重ねてきました。これからも、これまで培ってきた経験を生かしつつ、新たな表現も取り入れながら制作していければと思っています。

―― すべての撮影が終わったら、テキストの制作にとりかかる。探し物をどれにするかも、写真を見ながらひとつひとつ決めていく。

 ラフの段階から大まかな物語のイメージはあるんですが、実際に文章にするのは撮影がすべて終わってから。探し物も、制作や撮影のときに「これにしたいな」というのがあっても、実際に写真を見てみてわかりにくければ、違うものにします。すぐ見つけられるようなものだとつまらないし、かといってあまりにも難易度が高いのもよくないので、さじ加減が難しいですね。

 読者の対象としては、3、4歳から大人までを想定していて、それより小さい子のためには、小さなサイズの絵本「どこミニ」シリーズを出しています。「りんご どこ?」という文章の横にりんごの写真を載せているので、「どこ?」シリーズよりも見つけやすいですよ。

『どこ? パーティーのさがしもの』の最初に描いたラフと、実際にできあがったページ。「私の場合、絵で描くよりも、立体で作る方が自由なんです。作り始めるとイメージがどんどん広がっていきます」
『どこ? パーティーのさがしもの』の最初に描いたラフと、実際にできあがったページ。「私の場合、絵で描くよりも、立体で作る方が自由なんです。作り始めるとイメージがどんどん広がっていきます」

好きなことを続けていたら、造形作家になっていた

―― 子どもの頃から工作や手芸が大好きだったという山形さん。大学卒業後は書店で働いたり事務の仕事をしたりしていたが、あるとき、ぬいぐるみデザイナーの募集広告を見て、昔好きだったことを思い出して応募。ぬいぐるみメーカーで5年間デザイナーとして勤めたあと、フリーランスになった。

 「どこ?」を読んでくれているお子さんから、「どうしたら造形作家になれますか」とよく聞かれるんですけど、私は美大を出ているわけでもないし、ただただ作るのが好きで続けているうちに造形作家になっていたので、どう答えたものか困ってしまって(笑)。フリーになってからは、立体作品を持って出版社に売り込みにいきました。十数社回ったんですけど、ありがたいことに、そのうち2社からやってみませんかと声をかけていただいて。それで、歯みがきしているカバを作ったら、それを見た別の出版社さんがまた声をくださって、少しずつ仕事が増えていったんです。

 昔話のシーンを作るとなると、人形だけでなく、舞台となる家や背景となる自然の風景も作らなくちゃいけないんですよね。そのあたりは、最初のうちはまったくの手探りだったんですが、必要にかられて制作するようになりました。

動物やぬいぐるみも、すべて手作り。「もともとかわいいものを作るのが好きなので、動物やお人形を作っているとテンションが上がります」
動物やぬいぐるみも、すべて手作り。「もともとかわいいものを作るのが好きなので、動物やお人形を作っているとテンションが上がります」

 「どこ?」の担当編集者さんとはもう20年来のお付き合いなんですが、彼女との最初の仕事は、幼児雑誌のミニカーのページのジオラマ制作でした。そういう規模のジオラマは作ったことがなかったし、しかも毎月というお話だったので、最初はお断りしたんです。でも、「山形さんしかいないんです!」と熱く口説かれて……。じゃあ、とりあえず1回やってみようかなとお引き受けしたら、結構楽しかったんですよ。サファリパークとか海の中とか、最後は宇宙にまで行ったりと、ファンタジーな設定だったんですよね。当時の経験が、「どこ?」の原点になっていると思います。

―― ミニカーのジオラマの担当編集者が部署を異動したタイミングで、「どこ?」の企画が持ち上がった。アメリカ人作家ウォルター・ウィックによる探し物の絵本「ミッケ!」シリーズにも大いに刺激を受けたという。

 ミニカーのジオラマの制作・撮影に携わっていたメンバーで「ミッケ!」を見ては、「すごいねぇ、どうやって撮ってるんだろう?」と研究していたんですよ。そのうちに、こういうのを日本でも作れないかな、となって。実際に企画が通ってからは、「ミッケ!」を参考にしつつも、「どこ?」ならではの新しい演出を探っていきました。

 「どこ?」の特徴は、どこかへ行って帰ってくる、旅の物語でもある、ということ。探し物の絵本ではありますが、一切探さずに物語だけ読み進んでも、十分楽しめるように作っています。でも子どもたちは、本当に探し物が好きというか、隅々までとてもよく見ているんですよね。書店や図書館でのイベントでは、いくつかのページを大きなパネルにして、子どもたちと一緒に探し物遊びをするんですが、みんな我先にと手を挙げて答えたがるんです。見つけたときの喜びを味わえるというのは、普通にお話を読む絵本とはまた違った、探し物絵本ならではの面白さだと思います。

『どこ? パーティーのさがしもの』(講談社)より。タイルのひとつひとつ、階段も一段一段、丁寧に作り上げていく
『どこ? パーティーのさがしもの』(講談社)より。タイルのひとつひとつ、階段も一段一段、丁寧に作り上げていく

 造形作家としては、立体で作ったものが読者の皆さんに届けるときには平面になってしまうことに、多少もどかしさもあるんです。でも、自分の作品を素敵に撮影してもらえるのはうれしいし、何より、本にすることでたくさんの読者の方々の手元に届いて、大切にしてもらえるということに幸せを感じています。

 「どこ?」は私にとってのライフワーク。制作は本当に大変ですが、これからも続けていきたいですね。