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堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊 混沌の中に面白さがいっぱい

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』 大阪大学ショセキカプロジェクト編 日経ビジネス人文庫 990円
  2. 『富士日記を読む』 中央公論新社編 中公文庫 990円
  3. 『東京のヤミ市』 松平誠著 講談社学術文庫 1012円

 ドーナツの穴とは「穴の存在」か、はたまた「ドーナツの不在」なのか。(1)は、そのような形而上学(けいじじょうがく)的難問を「穴だけ残して食べる」という形而下(けいじか)の命題へと引きずり下ろし、工学、数学、美学、法学と多角的なアプローチで各研究者たちが挑んだ、大阪大学の学生たちが企画したプロジェクトの記録。物理的に限界までドーナツを削り落とすことで、ほぼ穴だけの状態にするという工学的アプローチや、プラトンやハイデガーを引用しつつ、「ドーナツを食べれば穴が無くなる」ということ自体を疑う美学的アプローチなどなど、結果はどうあれ問題解決のための過程そのものを楽しむことは、ある種、学問の本質を表している。

 (2)は今なお読みつがれる、武田百合子による日記文学の名作『富士日記』にまつわる書評や解説、書き下ろしエッセイを収録した文庫オリジナル編集。小説家に漫画家、料理家に写真家まで多様な人々を惹(ひ)きつけ、それぞれ食や犬の描写など読み手により着目点が異なる。同作は当時の編集者村松友視が見た百合子さんの「いくつもの色に切りかわる眸(ひとみ)」そのものだ。

 映画や漫画で闇市の描写はたくさん目にしてきたが、どのようなものが、どのような空間で供されていたのか膨大な資料とともに詳(つまび)らかにするのが(3)。占領軍の出した「ギャベッジ」(ゴミ)を煮出したスープ、モツやどんぐりの粉、米の代わりにおからを使用した握り寿司(ずし)など、タフな胃袋を持った食都東京のルーツが垣間見える。=朝日新聞2019年11月9日掲載