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樋勝朋巳さんの絵本「きょうはマラカスのひ」 ヘンテコなリズムにのせて「いとおしさ」を描く

文:澤田聡子、写真: 北原千恵美

版画のモチーフが絵本の中で生き生きと動き出す

——マラカスが大好きなクネクネさん。おともだちのパーマさん、フワフワさんと一緒に「マラカスのかい」を作って練習しています。今日は待ちに待った発表会。「チャッ ウー チャチャ ウー」! 張り切ってすてきなリズムを繰り出すも、途中で足がからまってしまって……。味のある絵とシュールなお話が、不思議なおかしみを醸す樋勝朋巳さんの絵本『きょうはマラカスのひ』(福音館書店)。クネクネさん、フワフワさん、パーマさんといった魅力的なキャラクターたちはどのように生み出されたのか。

 実はクネクネさん、フワフワさん、パーマさんはずいぶん前から私の版画作品に登場していた人たち。20年くらい前の作品に、泣いているクネクネさんを慰めるために、パーマさんが頭のパーマを取り外して貸してあげるという内容の版画があるんです。クネクネさんたちだけでなく、私の絵本に出てくる毛糸屋さん、マラカス、フラフープ……どれも、もともと版画のモチーフとして描き続けてきたものなんです。

「泣かないで」「私のパーマをかしてあげる」。20年ほど前の版画にすでに登場していたクネクネさんとパーマさん

 あるとき、画廊の方に紹介していただいた福音館書店の編集の方に「版画で絵本を作ってみませんか」と声をかけていただきました。「クネクネさんたちの世界に言葉を付けてストーリーにできる……ついにこのときが来た!」という気持ちでした。それから作品を見ていただき、たくさんラフを描いた中から選んでもらったのが、このおはなしです。

 最初、ラフに付けていたタイトルは「金曜日リズムの会」。そもそもなんで「リズム」なのかというと、私がヘンテコなリズムを考えるのが好きだからなんです。ひとつのフレーズが頭の中をぐるぐる回って離れないことってありませんか? ぽっと頭に浮かんだ「チャッ ウー チャチャ ウー」というフレーズが、なんだか気に入ってしまって。そういう“お気に入り”のリズムをクロッキー帳に書き留めたり、「リズムの会」というタイトルで3人が太鼓の上でマラカスを振っている版画を昔から作ったりしていました。

 そんなわけで、これまで版画で作り上げてきた世界を、もっと具体的に肉付けして描いたのが『きょうはマラカスのひ』。過去の版画を見返すと、絵本に通じるものがポコポコとたくさんあって、自分でも驚いてしまいます。版画でも絵本でも私が描きたいこと、表現したいことはずっと変わっていないのかもしれません。

「いとおしさ」や「安心のようなもの」を受け取ってほしい

——クネクネさんが履いているハイウエストのタイツと同色のスカーフ、フワフワさんが被っているもしゃもしゃした毛糸の帽子、パーマさんの丸い襟付きオールインワン……登場人物のファッションもユニークだ。

 登場人物たちが持つ「かわいらしさ」「いとおしさ」に服を着せるとしたら、どんなものだろう?と考えて、出てきたものが「タイツ」とか「オールインワン」だったんです。赤ちゃんのつなぎとか、子どものタイツ姿ってとっても愛らしいですよね。自分が心惹かれる「かわいいもの」をいったん消化して、別のものとして表現するとこういう形になりました。

『きょうはマラカスのひ』(福音館書店)より

 2作目の『フワフワさんはけいとやさん』は「毛糸屋さん」がテーマですが、これも心惹かれたものの一つ。自分で編み物をするわけではないんですが、以前におばさま方の編み物の会に遭遇したことがあるんですね。みなさん、思い思いに手袋とかかわいい小物を一生懸命編んでいらして……なんだか、その姿がすごくすてきに見えたんです。フワフワさんの手編みの帽子も、おでかけする場所によって色を変えていたり、日常の中でおしゃれを楽しんでいる。そういう暮らしの中にある「いとおしさ」みたいなものを自分は描きたいんだと思います。

 気に入っているのは、クネクネさんがマラカスでリズムを刻みながら首を振っているところと、発表会を始める前に3人で列になってマラカスのチューニングをするシーン。あとは、やっぱりクネクネさんがベッドに泣き伏している場面です。みんなをもてなして、自分もすごく頑張ったのに、失敗してしまって涙が止まらない。タイツを履いた足だけポツンと見切れているのもポイントです。

 私の版画や絵本に出てくるキャラクターは、すぐにぽろぽろと泣いてしまうのですが、そういうときにちゃんと慰めてくれる人がいる。でも、「友だちとか仲間がいるといいよね」って、声高に言いたいわけじゃないんです。失敗して恥ずかしいことだってたまにあるけど、落ち込んでいる人を見たら優しくしたいし、優しくされたい。そういう「安心のようなもの」を、何となく読者が受け取ってくれるとうれしいです。

ベッドに突っ伏すクネクネさんを心配するフワフワさんとパーマさん。お気に入りのシーンの一つ

銅版という過程を経ることで「なまなましさ」が取れる

——シュールでおかしいクネクネさんたちの世界を表現するのに、欠かせないのが銅版画の存在だ。

 まず銅版画の原版を作りますが、大変なのは絵が逆になることです。作業としては、下描きをトレースしてから反転させて、銅版に転写して鉄筆で彫り、薬品で腐食させます。原版が出来上がったら、彫った線にインクを入れて刷ると元の向きの絵になるわけです。そこに彩色していくんですが、はっきりいって時間がかかる(笑)。でも、銅版画でしか出せない独特の線が、私にとって魅力なんですよね。

 版画のもう一つの魅力は、いくつか工程を経ることで、絵の「なまなましさ」が取れるところ。最初に描いた絵が反転するので、最終的に刷ってみるまでどうなるか分からない……という、自分の絵なのに何か別の力を借りて作ったような不思議な感覚があります。ちょっとした仕草や首のかしげ方、目の表情を版画で表現するのは難しいんですが、腰の曲がり方や足のつま先立ちの角度といった細かい部分に「いとおしさ」は表れると思うので、納得がいくまで何度も下描きして原画に落としこんでいます。

銅版画の原版(上)と版画(下)。絵が反転する過程で線の「なまなましさ」が取れ、なんともいえない味が出る

——最新作は、クネクネさんたちおなじみのキャラクターも登場する『たいこ』(福音館書店)。みんなで一つの太鼓を囲んで心の赴くまま、思いっ切り叩く——樋勝さんが生み出す独特の「リズム」が楽しい絵本だ。

 これも「トン プル ペタ ボン ガオー ゴン」というずっと頭の中にあったリズムが元になっています。太鼓なので「プル」はやめて、最終的なリズムは「トン ポコ ペタ ボン ガオー ゴン」。太鼓を叩いていたら、ちょっとずついろんな人が加わって、いつの間にか太鼓の周りはぎっしり……みんなで楽しく太鼓を叩いているというイメージを描きたかったんです。

 『たいこ』では、「クネクネさんのいちにち」シリーズよりもテキストを減らしています。「お母さんやお父さんとどうやって一緒に読むかな」とか「どんな音を立てたら楽しいかな」など、より小さな読者のことを考えて作りました。

 版画や絵本の制作の傍ら、子ども向けのアート教室を二十数年間ずっと続けているんですが、子どもたちってすごく細かいところを観察していたり、大人が思うよりもいろんなことを心配したり、考えたりしているんだな、と感じます。だからこそ、絵本の中では“安心のようなもの”を大切にしたいですね。自分が信じていること、美しいと思うことを絵本の一作一作に込めれば、子どもたちに何か届くのではないか——そう願っています。