「猫が出てこなくてもいいと言われた」
――猫文学の作品はどのように選んだんでしょう?
もともと猫は好きだったのですが、意識して猫文学を読むほどでもなかったので、猫文学のアンソロジーから読みはじめました。でも最初は全く心が動かなかったんです。読書の体験としては面白かったのですが、自分がコミカライズするとなるといまいちしっくりきませんでした。
それを編集者に相談したら「もう作品に猫が出てこなくてもいいのでは」と極端なアドバイスをもらって。「猫が主役でなくても、隣にいたとか外から見ていたとか、それくらいの感じでいいのではないですか」と言ってくれて。それで芥川の「お富の貞操」が決まりました。ストーリーに猫が直接関係なくて、登場人物の2人をずっと見ているだけ。猫が部屋の高いところから2人が揉めているところを見ている構図が凄く面白いなと思ったんですね。
――芥川や小川未明などの名作文学もあれば、中原昌也のような現代文学の作品も入っていましたね。
手持ちの本で探してみて、中原昌也さんの「子猫が読む乱暴者日記」が凄く好きだったので、描きたいなと思いました。まず好きだというのがあって、タイトルに猫とあるからこれは決定という感じでした。この作品でも猫はある意味傍観者のような位置付けです。猫を描くというより、おじいさんたちがノロノロたくさんいてシャボン玉を吹いている景色があって、それを描きたかったんです。ずっと中原さんの作品が好きで、日本で一番お洒落でスタイリッシュだと思っていて。結構自分の趣味全開で作品を選んでいきましたね。
――長崎さんはどういう文学作品が好きなんですか?
少し突き放されている感じのものが好きです。若干アイロニーがあったり、空想の要素の少し入った変わった話ですね。翻訳物がずっと好きだったので、日本の作家さんでもクールな文体が好きです。SFやミステリーをよく読みます。
――タイトルの「Catnappers(キャットナッパーズ)」とは?
猫のスラングを色々調べてみた中で「Catnapper」は「うたた寝をする人」という意味で、語感も意味もいいなと思いました。「s」を付けたのはなんとなくなんですけど、バンドっぽくていいかなと思って(笑)。キャットニップ(猫が好むハーブ)やキッドナップ(誘拐する)といった言葉とも雰囲気が似ていて、自分の好きな要素が詰まっていたので、このタイトルにしました。
――「Catnappers(キャットナッパーズ)」は、最後に収められているオリジナル作品のタイトルでもありますね。オリジナル作品を入れたのはなぜでしょう?
最後の方で更級日記を描いたんですけど、他の作品のように(分かりやすいひとつの)ストーリーがあるわけではないので、自分で場面をピックアップしてセリフを考えて描かないといけませんでした。途中に猫がたくさん出てくる夢のシーンがあるのですけど、実は私が実際に見た夢なんです。原作ではお姉さんが「夢を見た」とだけ書かれていたのですが、ここに私の夢の話を入れてみようと思って。だからヒントとプロットは更科日記からもらっているのですが、自分でアレンジをしました。それをやっていたら意外と自然にできたので、最後にもう一本分描く分は、完全オリジナルで行こうと思いました。内容は苦肉の策で出てきたという感じなんですけど(笑)。
――自分が猫よりも小さくなって、大きな猫と戯れるというストーリーでした。
自分の家で猫を2匹飼っていて、1匹が7キロくらいあるんですよ。凄く大きくてお尻がドーンとあって(笑)。それを見ていて、自分が小さくなって、口の中に入っていったら面白いかなと前から思っていたんです。
猫が可愛い理由とは?
――「猫は犬よりも描くのが難しい」と以前書いていましたね。
犬はいろんな犬種や形があって自分なりの描き分けがしやすいんです。でも猫は形が決まっているので、グラフィックとして個性が出しにくい。描こうとするといわゆるキティちゃんの形、つまり耳があって顔が丸いという形になってしまう。ドローイングとして描くと、今度はアンディ・ウォーホルの猫になってしまうんですよ。
今回、編集者に猫の種類は大事だと言われてなるほどと思いました。私はそこまで考えていなかったので。芥川「お富の貞操」の三毛猫など、猫種が決まっている猫はそのまま描きました。でも、特に原作の中に猫種が書いていないものもあり、そこは黒か白なのかという色だけではなく、毛の短いアメリカン・ショートヘアかフワフワの長毛種なのかなど、きちんと考えたほうがいいと言われました。
――他に猫を描く際に心がけたことはありますか?
猫の動きですね。今回全身像を割と描いたのですが、猫って結構伸びたり縮んだりして柔らかい感じがあるので、なるべくそれを出したいなと思いました。どれだけ動いたり、グネグネしたりしているか。その辺はやはり猫を飼っているので、普段見ながら感じていることが反映できたらいいだろうと思いました。
――猫はずっと飼っていたんですか?
小さい頃から実家に猫がいて、ずっと飼っていました。実家を離れてからも、少しブランクをおいて、自分で猫を飼うようになって。初めて自分で飼った猫は黒猫で3年で死んでしまったのですけど、その思い出に縋って保護猫の黒猫をまた飼ったんですよね。オスとメスの2匹で、もう12、3年くらい経ちました。
――猫の魅力はどういう点でしょう?
やっぱり振り回してくるところですかね。こちらの思い通りにならないところが面白いなと思います。猫はどうしてこんなに可愛いのかを考えたんですけど、猫は顔が前にあって人間に近いから感情移入がしやすいんですよね。フクロウとかも目が前についているから可愛くて、皆好きなんですよ。猫は耳が三角形であの形が黄金律で、皆のハートを掴む可愛さがあるのかなと思います。
漫画は自分と対峙しないといけない
――漫画は原作がある方が描きやすいんでしょうか?
イラストレーターの仕事を長くやっていて、好き勝手に描くのではなくて、オーダーに対して自分の中から答えていくということをやっていたので、その方が考えやすいんですよね。イラストレーションというのはそういう仕事で、そこにプライドを持っているし、自分に一番向いているのかなと思っていて。
昔、あるペインティングアーティストと話をしたことがあって、その方が「長崎さんは何かあったほうが描けるんだよね。でも僕は違うんだよね。こういうものを描いてくださいという仕事は絶対できなくて」と言っていました。「お互いの気質の違いが面白いね」という話になったことがありました。
――作品を読むと、どういう絵になるのかイメージをするんでしょうか?
もともと本を読む時、全部頭の中で映像で再現するんですよ。情景や人物が微に入り細に入りバーっと浮かんでいて。キャスティングが大体できている時もあります。もしかしたらイラストレーションの仕事で鍛えられているのかもしれません。目に見えないものをビジュアル化するのが仕事なので、なんでも図案化してしまうんです。漫画を描くときもわりとそれをそのまま描いています。
ただ、漫画にするとなったら、もっと自分と対峙しなくてはいけないというか、内容と距離感をもっと縮めないといけません。やはり自分が出てこないとうまく漫画は描けないのが分かりました。漫画はもっと伝えるために、饒舌にならないといけない感じですかね。それは今までにやってこなかったことなので、新鮮で面白くもあるし、怖いなという思いもあります。
――今後のご活動の展望を教えてください。
イラストレーションの仕事はいつまでも現役でいたいので頑張ります(笑)。漫画の仕事は、左右社から11月に片岡義男さんの著作をコミカライズした『片岡義男COMIC SHOW』が発売されました。私は『スローなブギにしてくれ』を描いています。気持ちのいい感じのボーイミーツガールの作品なんですけど、実はこれも猫がたくさん出てくるのでとっかかりやすかったんです。私の絵柄で描くと気持ちいいんじゃないかと思って。
あとは自分でオリジナルの漫画を描いてみてもいいかなと思っています。今回やってみて難しかったのですが、前向きに考えたら、そろそろそういうのもやっていいのかなと思っています。