- 『春原さんのリコーダー』 東直子著 ちくま文庫 770円
- 『女の子は本当にピンクが好きなのか』 堀越英美著 河出文庫 968円
- 『古事記の研究』折口信夫著 中公文庫 1100円
(1)は1996年刊のデビュー歌集の、待望の文庫版。はっきり言って歴史に残る名歌集。俵万智や穂村弘と同世代だがデビューは10年ほど遅かった東直子の登場によって、口語短歌のモードは大きく変わった。平易な文体で童話の断片を切り取ったような短歌は、意味や物語を超えた音楽的な快楽を放つ。いわば童謡のような短歌だ。
「そら豆って」いいかけたままそのまんまさよならしたの さよならしたの
子どもの世界に寄り添った言葉で構築された歌集。『サラダ記念日』は現代短歌の存在感を世に知らしめることに成功したが、その一方で世間が短歌に女性性を要求しがちになるという呪縛を生んだ(俵万智のせいではないが)。東直子の登場はその呪縛からの解放の口火を切る役割を果たした。
(2)は「ピンク」をテーマに、ジェンダーの成立過程を問う鮮やかな社会批評。なぜピンクは女の子が好む色とされているのか。生物学的な理由があるのか、それとも社会によって作られた刷り込みなのか。美術史や服飾史もひもといた論考はエキサイティングだ。ピンクを好むこと自体は否定しない一方で、単なる色の好みが将来の収入を左右する罠(わな)に陥りがちな危険性も指摘している。
(3)は昭和初期の長野県で行われた「古事記」の講義録。神話や歌謡だって古代人にとってはエンタメだったと捉えていたのが折口流。とっつきやすい古事記論だが、軍国主義が進み神話を教材利用しようとする風潮が強まった時代の空気が滲(にじ)んでいる。=朝日新聞2019年11月23日掲載