作家の小川糸さんのトークイベント「つきじ読書会」が10月29日、東京・築地の朝日新聞東京本社読者ホールであった。テーマは「人生最後に食べたいおやつとは?」。小川さんの新著『ライオンのおやつ』(ポプラ社)の主題だ。物語が生まれた背景や込めた思いを、小川さんはゆっくりと、静かに語った。
イベントは『ライオンのおやつ』担当編集者の吉田元子さんとの対話形式で進んだ。この物語は、33歳の女性・海野雫(うみのしずく)が主人公。雫はがんで余命を宣告され、瀬戸内の島にあるホスピス「ライオンの家」で最後の日々を過ごす。そこには、入居者がもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があった。
なぜ、おやつなのか。小川さんは「おやつの記憶は、喜びや楽しさをまとっている。自分にも幸せな時間があったなと、人生を肯定的に受け取れるのでないかと思いました」と話した。作品には、こんな一節がある。「おやつを前にすると、誰もが皆、子どもに戻る。きっと私も、おやつの時間は子どもの瞳になっているのだろう」
幼いころ、明治生まれの祖母がよく作ってくれたのが、あられやおまんじゅう。友だちのお母さんはケーキを作ってくれるのに、華やかさに欠けると不平を言った。すると初冬のある日、祖母はストーブの上にフライパンを乗せ、おっかなびっくりの手つきでホットケーキを焼いてくれた。「祖母は生まれて初めてケーキと名の付くものを作った。あのとき食べた味は、ずっと記憶に残っています」。だから自身の最後のおやつは、あのときのホットケーキ。
『ライオンのおやつ』は「死」も大きなテーマになっている。死に向かう雫の体と心の変化が繊細に、丁寧に描かれる。切なさの中で、日々をいとおしむ姿が輝きを放つ。自分の心を見つめながら、人生を真剣に歩んでいく若い女性を描くのは、デビュー作『食堂かたつむり』から『つるかめ助産院』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』へと続く作品群と共通している。
死を描こうと思ったきっかけは、母が病で余命を宣告されたことだった。「死ぬのが怖い」と言う母を見て、死をきちんと見つめてみたいと思った。「死ぬのが怖くなくなるような話を書きたいな」とも。その象徴が、物語の中に出てくるおかゆ。「おかゆみたいに体にも心にも滋養がいきわたって、読む人の心がぽかぽかになれば」と願った。
吉田さんは、幅広い層から感想が届いていることを紹介した。「90歳を超えた人から『喜んで旅立って行けそう』と。若い人からは『いつか自分が棺おけに入るときは、お守り代わりにこの本を入れてほしい』というお便りが来ています」
小川さんが「私自身、食べることが喜び。味や色、匂いが読者の体全体に伝わるように、頭ではなくおなかを使って書いているようなイメージです」と話すと、大きな拍手が起きた。(西秀治)=朝日新聞2019年11月30日掲載