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杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊 二転三転、先のよめない物語

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『珈琲城のキネマと事件』 井上雅彦著 光文社文庫 770円
  2. 『紙の罠』 都筑道夫著 日下三蔵編 ちくま文庫 836円
  3. 『ネプチューンの影』 フレッド・ヴァルガス著 田中千春訳 創元推理文庫 1540円

 (1)は連作短篇(たんぺん)集である。巻頭の「狼(オオカミ)が殺した」で扱われるのは、ほぼ密室状態の部屋から、猛獣に襲われたような死体が発見されるという事件である。自殺と殺人、二つの可能性があったが、事件を調べていた元刑事は、結論を他人に告げずに急死してしまう。
 謎解きに挑戦するのは、元名画座だという喫茶店の常連たちだ。ひとしきり意見が出たあと、一本の映画が上映される。真相を解く鍵がその中にあるというのである。映画にはさまざまな技法が使われるが、各話でそれを応用して謎を解く、という凝った趣向の連作なのだ。映画の蘊蓄(うんちく)も楽しく、読みどころも多い。

 (2)は、宍戸錠主演映画の原作としても知られるアクション小説である。紙幣印刷に使われる、特殊な紙が盗まれることから話は始まる。紙幣贋造(がんぞう)計画を立てた者がいると睨(にら)んだ近藤庸三は、製版の名人の身柄を押さえにかかる。用紙強奪犯との取引のためだ。だが時すでに遅く、何者かが名人を連れ去っていた。二転三転する展開と、陽性のユーモアがたまらない一冊だ。

 (3)翻訳もののお薦めは、フランス発の作品である。胸にネプチューンの三叉槍(トリダン)で突かれたような傷のある死体が発見される。パリ十三区警察署長のジャン=バチスト・アダムスベルグは、その傷が三十年前に彼と弟ラファエルが巻き込まれた事件に酷似していることに着目する。その記憶からやがて、異常な連続殺人事件の全貌(ぜんぼう)が浮かび上がってくるのである。壮大な物語は、真相も意外極まりないものだった。=朝日新聞2019年12月7日掲載