1982年、大きな活字の憲法全文に写真を添え、読みやすさを売りにした『日本国憲法』がベストセラーとなった。同書を手がけた編集者が、21世紀に憲法全文を本にしたらどうなるかを再び問うた。昨年11月に刊行した『日本国憲法 The Constitution of Japan』(TAC出版)だ。1条ずつ和文と英文を対照でき、戦後日本美術の作品69点をちりばめた。
本を発案したのは元小学館の編集者、島本脩二さん(73)。写真週刊誌「TOUCH」や国際情報誌「SAPIO」編集長を務めたほか、矢沢永吉さんの自伝『成りあがり』(78年)も手がけた。
82年版『日本国憲法』は、目のアップや宇宙から見た地球、家族のヌードなど独特のビジュアル感覚が斬新だった。「いかんせん、いまの目で見れば古い。いま憲法の言葉に釣り合うビジュアルは何なのかと考えるうちに戦後美術に行き着いた」と島本さん。写真や漫画も含め、戦後美術は自由な表現活動を可能にした憲法に支えられており、社会や世相を色濃く反映していると考えている。
見開き単位で、右ページには条文。縦組みの和文と横組みの英文で、それぞれに用語解説を添える。「憲法前文の掲げる理想は読むと誰でも感じるものがあるはず。1条ずつ英文を並べて読めば、印象が変わるのでは」
左ページには美術作品とそのデータ。象徴天皇制を定めた1条には杉本博司「昭和天皇」(99年)。英国にあるろう人形を撮影した作品だ。国民の要件を扱う10条には柳幸典「Hi-no-maru」(95年)。無数のはんこで日の丸の赤色をあらわす。各作品や作家には、美術史や戦後史の文脈の中での位置づけがある。巻末に解説を載せ、詳しい特設サイトも用意した。
昨年のあいちトリエンナーレ2019での展示中止など、芸術と政治や社会の関係が問われている。「条文と作品の関係は、近いものも遠いものもある。自分ならこの作品や作家を添えたい、といった形で読者が考えを深める出発点になれば」とデザインを担当した松本弦人さん(58)。日本語の縦組みと英文などの横組みが混在し、用語解説も添える複雑なレイアウトをすっきり見せる微調整を手作業で繰り返したという。
出版社は、資格試験が本業のTAC。意外な組み合わせにも思えるが、担当編集者の藤明隆さん(42)は「法律で稼いできた会社であるからには、一度は憲法の本を出す必要があるとの声があった」と振り返る。
表紙の帯には「ぜんぶ読んでみませんか」。島本さんは「改憲・護憲を問わず、まず全文を読んでみて。議論はそれからでいい」と話している。(大内悟史)=朝日新聞2020年1月8日掲載