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二センチの傷 澤田瞳子

 新年早々の失敗談で恐縮だが、先日、掌(てのひら)を二センチほど、パン切りナイフで削(そ)いでしまった。硬いベーグルを横に切る際、刃が滑ったのだ。

 大した怪我(けが)ではないが、まず圧迫止血だと傷をガーゼで押さえた。だが正直、血が止まるのを待ちつつも気になるのは、まな板に放り出されているベーグルだ。数日前から食べたくて、昨日、クリームチーズと共に買ったベーグル。トースターは予熱し、チーズも冷蔵庫から出し、スープは鍋で温まっている。後はパンを焼き、チーズを塗るだけだったのに。

 幸い、止血は怪我した側の手だけで行える。そして当のベーグルはナイフが滑った勢いで、真っ二つに切断済みだ。

 止血のコツは、押さえている箇所を途中で放さないこと。最低五分は圧迫する。そして五分あれば、ベーグルはこんがり焼けてしまう。かくして私は片手でベーグルを焼き、クリームチーズを塗った。普通ならそこで調理終了だが、傷まで負ってこれだけとはしゃくである。かくして友人のギリシア土産の蜂蜜まで取り出し、思う存分塗ってかぶりつく間に、傷からの血は止まっていた。

 なんだかしゃくだ――と再度思ったのは、負傷の事実に対してではない。怪我でもしなければとっておきの食材を使えない自分に、急に嫌気が差したのだ。

 人間は誰でも、日々、様々な自制をしている。コンビニで買うコーヒーのサイズをR、Lどちらにするか。もう一杯呑(の)んでから帰るか、それとも一軒で引き上げるか。その自制は日常生活をつつがなく送るために大切だが、一方で時に必要ない我慢にすり替わってしまっていることもあるはずだ。そう、いただきものの蜂蜜があまりに嬉(うれ)しくて、使うのを何となく我慢していた私のように。

 翌日から毎日使い続けた蜂蜜は、もう瓶の底が見えている。これが空になったら、新しい蜂蜜を買うかどうか。二センチの傷が破った我慢と自制の間で、私はいま揺れ動いている。=朝日新聞2020年1月8日掲載