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古書の町舞台、仕掛け満載 小説家・逢坂剛さんオススメの3冊

  • 門井慶喜『定価のない本』(東京創元社)
  • 恩田陸『歩道橋シネマ』(新潮社)
  • 早見和真『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮社)

 世界に冠たる古書の町、東京神田神保町を舞台にして、門井慶喜がミステリを書いた。『定価のない本』がそれだ。

 時は太平洋戦争終結の一年後。

 古書店主の三輪芳松が、倉庫で崩れた古書の下敷きになり、圧死した。古書店仲間の琴岡庄治は、芳松の死に不審を抱き、ひそかに調査を始める。すると、GHQが芳松を使って、日本の古典籍を片端から、買い漁(あさ)ろうとしていたことが分かる。そして芳松の死後、庄治に無理やりその仕事を、引き継がせる。そのねらいが、本作の眼目の一つになっている。

 戦後の混乱期を背景に、暗躍するGHQと古書業界の葛藤を、時代色豊かに生なましく描いて、間然するところがない。古典籍の蘊蓄(うんちく)や、徳富蘇峰を狂言回しに使う仕掛けなど、古書ファン好みのエピソードをふんだんに盛り込み、一気に読ませる腕はさすがだ。

 恩田陸はもともと、ホラー含みのファンタジーで地歩を固めた人だが、『歩道橋シネマ』はそのテイストを十分に湛(たた)えた、多彩な作品集だ。とかく見過ごしがちな、日常のさりげない光景や営みを、独特の感性で切り取ってみせるわざは、この人にしかない持ち味だろう。作品は、いずれも断章と呼ぶべき短いもので、〈コボレヒ〉などわずか二ページしかないが、どことなくひやりとさせられる、不思議な小品だ。ミステリー好きの人には、冒頭の〈線路脇の家〉や〈楽譜を売る男〉〈降っても晴れても〉が、おもしろいだろう。どれも短いので、ぞっとするとまではいかないが、ぎくりとする雰囲気に満ちた、佳品ぞろいだ。

 早見和真の『ザ・ロイヤルファミリー』は、最近のエンタメ小説には珍しい、〈です・ます〉調の小説だ。競馬の馬主、山王耕造のマネージャーになった、栗須栄治の一人称で書かれている。最初のうち、スピードが勝負の競馬小説に、〈です・ます〉調はいかがなものかと思ったが、それも作者の計算のうちだ、と納得がいった。

 マネージャーの仕事は、馬主を陰ひなたなく支える、黒子(くろご)の存在だ。栗須は、このていねいな語り口にふさわしい、謙虚で忍耐強い魅力的な男に、描かれている。馬主の山王の造型(ぞうけい)も、すばらしい。

 競馬には門外漢の評者にも、競馬界の仕組みやしきたりが、よく分かる。何より、このゆったりした語り口で、レースの場面を実況放送そこのけの、迫力と緊張に満ちた筆致で描き切った、作者の力わざに拍手を送りたい。=朝日新聞2020年1月12日掲載