1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」 推理力抜群の相棒は厭な奴!?

アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」 推理力抜群の相棒は厭な奴!?

 『カササギ殺人事件』に続き、2年連続で翻訳ミステリに関する日本国内の賞を総なめにしているホロヴィッツの新作なのだから、ファンが放っておくはずがない。ネットの感想でも称讃(しょうさん)の連続だ。

 『カササギ~』は連続殺人事件の究明が犯人提示の段階で突然中断、下巻では上巻の作者とその女性編集者たちをめぐり、なぜ中断に至ったかの謎が明かされていった。「ミステリ小説を書くことをめぐるミステリ」という構造は、この『メインテーマは殺人』にも継がれ、しかも前作のアガサ・クリスティ的な古典性が、今度はコナン・ドイル的枠組みへ移し替えられる。またも英国的な風格と奇抜さの同時共存だ。

 自分の葬儀の挙行を葬儀社に依頼した婦人が、葬儀社を去った約6時間後、自宅で何者かに絞殺される蠱惑(こわく)的な発端。警察顧問のホーソーンは、真相究明の過程を小説化せよと「わたし」=ホロヴィッツ自身に迫る。二人での調査が開始される。そうしてホームズ、ワトソン的なコンビが生まれるが、独創的なのは抜群の推理力をもつホーソーンが親切心の一切ない厭(いや)な奴(やつ)だという点。第一章は「わたし」が自分の見聞で書いた発端の描写だが、ホーソーンはそれを誤謬(ごびゅう)と斥(しりぞ)け、文の代案まで示す。「わたし」は売れない「犯罪実話」執筆をしいられているのに、「見聞きしたすべてのこと」を一旦(いったん)フェアに記録せねばならない。真犯人が誰かについてのミスリードも必然だった。だがそのミスリード部分にも驚愕(きょうがく)の真相究明が組み込まれ、『カササギ~』同様の入れ子構造にまたも幻惑されてしまう。

 緻密(ちみつ)な伏線、スピルバーグまで登場する虚実皮膜。「損傷の子」「バスのタイヤはぐるぐるまわる」などの衝撃。最後、謎めいていたホーソーンの日常の一端がバレて全部が愛(いと)しさに変わる。やられた。「わたし」とホーソーンのコンビは、あと10作程度続くとか。期待したい。=朝日新聞2020年2月1日掲載

    ◇
 山田蘭訳、創元推理文庫・1210円=5刷12万部。19年9月刊。「このミステリーがすごい!」など各誌の海外部門で1位に。「ランキング発表後売れ行きが加速した」と担当編集者。