城崎温泉でしか買うことのできない、ご当地限定販売本があります。
志賀直哉著『城の崎にて』と元書店主の江口宏志さんが書かれた愉快な注釈が、石鹼(せっけん)箱より小さいサイズで収められた、通称「マメ本」。万城目学さん著『城崎裁判』は、水に強い紙に印刷された本にタオル地のカバーがかけられており、風呂で読むことができる、通称「フロ本」。湊かなえ著『城崎へかえる』は、内容も見た目も蟹(かに)の、通称「カニ本」。
そしてこの度、第四弾となる新作が完成しました。
素敵なご夫婦の絵本作家、tupera tupera(ツペラツペラ)作『城崎ユノマトペ』は、下駄(げた)を模したカバーに、和紙の切り絵で表現された城崎温泉が蛇腹折りで収められ、温泉街ならではの擬音・擬態語である、オノマトペ改め「ユノマトペ」を追いかけながら、街歩きを楽しむことができる、通称「ゲタ本」です。
我が家は毎年、年末年始のどちらかで城崎温泉を訪れています。子どもがまだ幼い頃、公衆浴場「一の湯」にある「洞窟風呂」を「動物風呂」と勘違いし、「どんな動物がいるのかな?」と話していたのは、大切な思い出です。懐かしい写真もたくさんあります。しかし、頭の中に残っているのも、写真に写っているのも、実際に目に映った風景です。
ところが、『城崎ユノマトペ』のお風呂には、人間と一緒に但馬牛やコウノトリがつかっているではありませんか。子どもが思い浮かべていた世界を、十年以上経って見ることができたような思いです。
絵本の中の街には、城崎温泉に縁のある文豪や幕末の志士の姿もあります。他にも隠れキャラがいろいろと! 時間を越えて、柳の揺れる風情ある川縁を、あの人やこの人と一緒に歩くことができるのです。
家に帰って飾っておくのもよし、時々広げて思い出に浸るのもよし。絵本ならではの温泉街の魅力が詰まった一冊を、多くの人に手に取っていただけると幸いに思います。=朝日新聞2020年2月26日掲載