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「超高層のバベル」書評 人類の新局面で求められる哲学

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月29日
超高層のバベル 見田宗介対話集 (講談社選書メチエ) 著者:見田宗介 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784065181263
発売⽇: 2019/12/12
サイズ: 19cm/308p

超高層のバベル 見田宗介対話集 [著]見田宗介

 いわゆる座談の名手とは言いかねる見田宗介が、「自分自身の全身でのりのりに乗っていることをそのままストレートにぶつけることが、結局いちばん深いところから触発する力をもつ」という信念のもと、時代を代表する11人の論者と織りなした「交響空間」。表題は、河合隼雄との対話のなかで飛び出した、現代文明に生きる人間の隠喩である。
 1971年の黒井千次から時代順に並べずに、キャッチーな河合を冒頭に配したのは、互盛央による編集の妙。巻末の「余談と補注」は、著者自身による事実上の解題である。そこでは、生きられた思想の手本としていた石牟礼道子、かつての同僚であり最も密度の高い対話を行った廣松渉、対話集の発案者でもあった加藤典洋の3人が採り上げられており、実際この三者が本書の核になっている。
 見田が経験した思想スタイルにおける「根柢(こんてい)」的「転回」の機微は、石牟礼宛て書簡が示唆的だ。「リアリズムの目は、リアリティの何も見ていない」と述べる彼が、当時「眼(め)の独裁」を批判していたことを想起させる。
 また加藤との対話は、著者による見田社会学全体の解題として貴重で、筆名やゼミについての裏話も披露される。「人類が安定平衡期に入るか、滅ぶか」の「軸の時代Ⅱ」としての「現代」と、新局面で求められる「有限性の哲学」が読みどころだ。
 けれども、そうした議論の硬質な芯の部分を示す廣松との対話が収められたことが、最も意義深い。文中の「表Ⅱ」には、「価値」「役割」「意味」から疎外された被支配層が社会主義をめざしても、それら「への疎外」を支配層と共有している限り、もう一つの抑圧をつくるだけだという洞察が示唆され、冷戦後の世界を四半世紀前に予言している。
 それを承けて、90年代の見田が、様々な願望に折り合いをつける「ルールの関係」の重要性を説いたのは、評者には忘れ難いことである(『社会学入門』の補章「交響圏とルール圏」)。
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 みた・むねすけ 1937年生まれ。東京大名誉教授。著書に『現代社会の理論』、真木悠介名義の『気流の鳴る音』など。