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印税から奨学金100万円、未来の研究後押し 「会話の0.2秒を言語学する」水野太貴さんが贈呈

水野太貴さん(左)と大塚日花里さん=篠塚ようこ撮影

好書好日の記事から

「ゆる言語学ラジオ」水野太貴さん、初の単著「会話の0.2秒を言語学する」 アカデミズムに「贖罪せねば」

 選ばれたのは宇都宮大学大学院の大塚日花里(おおつか・ひかり)さん。北海道出身で、地元の大学に通っていたものの、言語学を学びたいという強い思いから3年時編入で宇都宮大学に進学した。贈呈式には、指導教員の木村崇是助教も見守る中、水野さんから、花と「¥1000000」と記されたパネルが手渡された。実は、パネルはもっと大きなものを発注していたが、物流トラブルで到着が間に合わなかったという。式では、水野さんが大塚さんを選んだ理由が述べられた。

「100万円という予算を10万円ずつに分けて10人に配るという選択肢もありましたが、それだとインパクトが弱いということで1人に絞ることにしました。でも、1人に絞るとなると、公平に選ぶのはかなり難しく、僕の直感で決めました。大塚さんは、アカデミズムに進むにあたって、ガンガンお金を出してくれるご家庭ではなかった、ということが一つ。僕がぐっと来たのは、コロナ禍で地元・北海道の大学に進学せざるを得なくなったものの、その大学には自分がやりたい言語学のコースがなかったため、地元の図書館で言語学の本を貪るように読み、その結果、言語学のコースがある大学に編入したところです。自分のしたいことをするために、未知を切り開いた熱意が伝わってきました」(水野さん)

 編入先の宇都宮大学大学院で、現在、大塚さんを指導している木村助教も、彼女の研究者としてのポテンシャルの高さに着目している。

「3年から専門の授業が始まり、学生にレポートを提出してもらいました。だいたいは3ページくらいのところを、彼女は15ページくらい書いてきたんです。参考文献もかなり読んでいるし、読んでみたところ『これ違うな』と感じ、この学生は大学院に行かなきゃいけない、ちゃんと指導しなきゃいけないなと思いました。また、世界中の学者が提出して3割くらいしか通らない国際学会に学部3年で通り、学部4年の時も国際学会に通っているので、客観的に見ても、ポテンシャルがあるのは間違いありません。卒業式でも優秀卒論賞で表彰されていました。ですから、この奨学金100万円をいただけるだけの逸材だと思っています」(木村助教)

 大塚さんが初めて「ゆる言語学ラジオ」を視聴したのは、「生成文法」の回。宇都宮大学編入直後に先生から勧められた本にあった「生成文法」が難しくすぎてわからず、解説しているYouTubeを検索していたところヒットしたのが「ゆる言語学ラジオ」のコンテンツだった。今回の奨学金についてもYouTubeで知ったが、応募しようと思ったのは100万円が目的ではなかったという。

「印税の100万円を奨学金にするという動画を何回か見て、水野さんの考え方が素晴らしいと思い、そのことを水野さんに伝えたかったんです。応募フォームにアピールすることを記入する欄がありましたが、アピールすることが特になかったので、言語学を学び、学会に出るなどいろんな経験ができたことや、学んで面白かったことなどを書きました。ただ、金銭的に困っていたのも事実なので、そのことも少し書きました」(大塚さん)

応募の経緯を離す大塚日花里さん=篠塚ようこ撮影

 選ばれた知らせがメールで届き、それを大塚さんが確認したのは23時頃だったという。遅い時間だったが、真っ先に木村助教に報告したという。

「木村先生は驚きつつも喜んでくれて、私もうれしくなりました。まわりに『ゆる言語学ラジオ』が好きな友達がいるので、選ばれたことを伝えると、『贈呈セレモニーを開いてもらえること自体が羨ましい』『水野さんに会えるのがいいな』などと言われました(笑)」(大塚さん)

 大塚さんは現在、「日本語を母語とする英語学習者による物体不可算名詞の誤りとその原因」について研究している。英語の名詞には数えられる名詞「可算名詞」と数えられない名詞「不可算名詞」があるが、例えば「家具(Furniture)」や「宿題(Homework)」などは、数えられるように思えるが、英語の文法上は「不可算名詞」に分類される。大塚さんはここに面白さを感じ、研究テーマに選んだという。

 そんな大塚さんは、この奨学金100万円をどう使うつもりでいるのだろうか?

「一つは来年7月にポルトガルで国際学会があり、選考を通過したら渡航費に充てたいと思っています。もう一つは、いまバイトをしているのですが、減らすか辞めたいと考えています。バイトをしていると、勉強のための時間を圧迫します。他の学生よりも知識が足りないことは自覚しているのですが、自分の中で『バイトがあり、費やせる時間が少ないのだから仕方がない』ということを言い訳にしていることが気になっていました。だから、バイトを減らすか辞め、その言い訳を取り除いた状態で頑張ってみたいのです」(大塚さん)

水野太貴さん=篠塚ようこ撮影

 水野さんは選考にあたり、全ての応募者の記述にじっくりと目を通したが、ほぼ迷うことなく大塚さんに決めることができたと話す。他にも経済的に厳しい状況にある学生はいたものの、「なんとなく、この人なら僕が100万円をあげなくても、研究を続けるだろう」と感じたという。

「大塚さんの場合は、どこかで研究を続けることに迷いも感じられました。だから、僕が背中を押すことでポジティブに前進してもらえるのではないかと思いました」(水野さん)

『会話の0.2秒を言語学する』が順調に版を重ねて10万部を突破したら、水野さんは100万円の奨学金枠をもう1つ増やしたいと考えている。

「まだまだ先のことなので、現時点では動いていませんが、企業にも働きかけて、企業のスポンサード枠も作りたいと思っています。言語学徒のために100万円を提供してくれる企業には、僕たちが『この企業は人文学に対して投資してくれている会社です』と広報するなど、できることをしたいと考えています」(水野さん)

 奨学金第1号となった大塚さんには、「この奨学金をもらったこと自体を忘れてもらってもかまわない」と伝えたいという水野さん。

「大人の事情で贈呈式をやったこともあり、大塚さんが重く受け止めてしまうかもしれないけど、あまり気負いすぎず、恩義を感じすぎないでほしい。言語学の勉強が楽しいということだけにフォーカスしてもらえればそれで充分。これは僕がただの道楽でやったことなので」(水野さん)