「タイガー理髪店心中」書評 老夫婦のただならぬ日常の奥に
ISBN: 9784022516619
発売⽇: 2020/01/07
サイズ: 20cm/211p
タイガー理髪店心中 [著]小暮夕紀子
若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』がベストセラーになったのは2018年。青春小説ならぬ老境を描いた「玄冬小説」も定着した感がある。本書に収められた2編も玄冬小説。老夫婦の物語である。
表題作は小暮夕紀子のデビュー作。理髪店を営む村田寅雄は83歳。客は減ったがいまも現役だ。妻の寧子はこのごろ物忘れが激しいが、散髪台や鏡を毎日磨くことは忘れない。その寧子がおかしなことをいいだした。〈あ、子どもの泣く声がする、ね、聞こえるでしょ、寅雄さん〉
夫婦はひとり息子を亡くしていた。当時小学校に入ったばかりだった息子の辰雄は、近所の山の上に掘られた穴に落ちて命を落としたのである。〈おまえのそら耳だ〉と寅雄はとぼけるが、ある夜を境に寧子は豹変する。〈「では、行ってきます」/「こんな遅くに、どこに行くんだ」/「辰雄のところですよ」〉
もう一編、「残暑のゆくえ」は夫の介護をしながら食堂を切り盛りする女性が主人公である。山田日出代は75歳。夫の須賀夫はやがて99歳の白寿を迎える。
日出代は幼い頃に母と満州から引き揚げてきた。その母の言葉が彼女の胸に去来する。木の枝にヒモを結んで首にかけろと母はいったのだ。〈怖くもないし、痛くもない。とっても気持ちよくなるのよ〉
一方、ふだんは何も語らぬ夫は、夜中に発作のような叫び声を上げる。彼もまた満州からの復員兵で、誰にも明かせぬ秘密を生涯抱えてきたのである。
ただならぬ形相で穴のある場所に毎晩通う妻と、それを追う夫(「タイガー理髪店心中」)。子殺しを強要された引き揚げ者らの体験を引きずる夫妻(「残暑のゆくえ」)。一般的には認知症や老老介護の一言で片付けられそうな現象を、2作は当事者の側から大胆かつ丁寧に描く。日常の奥にひそむ殺意。血の気がすーっと引くような感覚をあなたは味わうだろう。
◇
こぐれ・ゆきこ 1960年生まれ。2018年、表題作で第4回林芙美子賞を受賞し、作家としてデビュー。