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高橋源一郎「一億三千万人のための『論語』教室」 親近感わく進化した孔子

 子曰(いわ)く、君子は言に訥(とつ)にして、行いに敏(びん)ならんことを欲す。
 子曰く、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。
 子曰く、唯(た)だ女子と小人とは養い難しと為(な)すなり。
 子曰く……。

 中国の「聖書」として読まれてきた『論語』。中で孔子さまは人間を「君子」と「小人」に二分化して差別している。にもかかわらず人々は、この差別主義者を「聖人」と呼び、未(いま)だにその言葉を生きる「道」にし、子どもに暗唱させたりしている。
 善悪だの仁義だの道徳だの偉そうな口調で説教するものだから、聖人の顔は、孔子廟(びょう)に祭られる石像よりも硬くて冷たくて、人らしい温もりなどちっとも伝わってこないが……。
 「子の燕居(えんきょ)するや、申申如(しんしんじょ)たり、夭夭(ようよう)如たり。――センセイの知られざる一面をご紹介しよう。センセイがいちばん好きな時間は、自宅でゴロゴロしているときであった。なにもせずぼんやりしたり、iPodに入れた好きな音楽、たとえば、バッハ以前のバロック音楽を、真空管アンプと最新のスピーカーシステムで聴いたりするのである。あるいは、古いモノクロ映画、それもVHSヴィデオ(!)で録画したやつを、ブラウン管のテレビで眺めたりする」
 あの孔子さまがiPod? タカハシ(高橋源一郎)さんが20年かけて完訳した『一億三千万人のための「論語」教室』を見つめる目に一瞬、生ビールを片手に、時下流行(はや)っているお笑い芸人のギャグを言いあって笑う、やさしいオジサンが現れた。
 タカハシさんの筆によってつぶやき好きな「センセイ」に親近感が生まれた。長年『論語』に馴化(じゅんか)され奴隷思考しかできない中国人の私じゃ考えもつかないこの「訳」。新鮮すぎて面白い。
 子曰く、朝(あした)に道を聞けば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり(真理を聞いたらいつ死んでも良い)。
 「真理」とは長生きすることなのかもしれない。だってこうして進化した『ロンゴ』も読めるのだから。
=朝日新聞2020年3月7日掲載

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 河出新書・1320円=7刷6万部。19年10月刊行。「知ってはいるけど通して読めない」本の代表格が、柔らかい文章で現代によみがえった。広い世代に支持されている。