とってもとっても昔のお話です。
山奥にとある2人の若い男が、イチゴ狩りに来ていた。
若い男の名は、たけおとムタイ。
その山は幻の苺があるというすごい話を持っている山だった。
そんな優しい話につられて、若い男がイチゴ狩りに来たものの、天気はわがままな雲を出した。
「たけおー! こりゃひと嵐くるぞ」
「だなぁ。ムタイありがたいこと言ってくれたな。嵐が来る前に帰ろうぜ」
2人は当たり前な話をし始めた。
「たけお、幻の苺も見つからなかったし、空腹で山に来た割にはまじ腹減っちまったよ・・・・・・」
「分かるよ。でもこんな山奥に何があるってんだ」
2人は恥ずかしいくらいに空腹を隠せなかった。
だがここは山奥。
周りには見渡したって木と枝の背景ばかりだった。
そこに雨粒まで今から加わりそうだ。
そんなやけむしゃになった2人が歩く先に、一軒の光を見つけた。
「ムタイ! あの光なんだ?」
「懐中電灯にしては光が強くぶれてないなぁ」
「もしかして、ご飯やかなんかじゃないか!」
「うし!走るぞ!」
ふたりは落ちだした雨粒を避けるように光に近付いていった。
光はやはり、室内から漏れる明かりだった。
「ここなんだ? こんな建物あったか?」
「ん〜俺にはわかんねぇなぁ。見たことないぜ」
たけおとムタイは目の前の一軒屋敷に口をぽかんとあけさせた。
「おい、でも、ムタイ! ここあからさまにご飯やだぞ! なんだこの匂い・・・・・・。味噌汁とは違った濃いなぁ。何はともあれ、はぁ腹の音が奏でるぜ」
「おぉぉ! 本当だ! これはなんだ? 馴染みのない濃い匂いがするなぁ」
2人の鼻には初対面の出会いだった。
濃くて、おしゃれで、なんだか腹の空洞をこの香りで埋めたくなるような匂いだ。
2人は顔を合わせて入っていくことに決めた。
ギィィィー バッタン
木製の丸太を横につなげたような重い扉を開けた。
扉をあけると、いい匂いに足され、湯気の温かさに毛穴の中まで行き渡る香りと温度がそこにはあった。
そして綺麗に整頓された台所。
奥には匂いの原因である鍋がコトコト湯気を出しながら優しく踊っていた。
ムタイが叫ぶ。
「すいませーん。誰かいますかー!」
屋敷のような、お店のような中は確かに明るい。
が、人がいなかった。
しばらく、ふたりは店内をそぉーとあるき回った。
すると。
「どちらさん?」
奥の方からおばあさんがでてきた。
髪はかっこいいほどに真っ白で白髪頭の切れ長なおばあさんだった。
日本人にしてはハッキリとした顔だ。
「珍しい顔だね、どうしたんだい?」
優しく笑ったおばあさんだったが、驚いたのかたけおとムタイは、目を固くさせた。
「あ、あの幻のイチゴを探しにこの山に来たんですが、この雨で。そしたら、ここからいい匂いがしたので、つい」
「あら、そう。ふふっ。お腹空いてるのねぇ」
優しく軽やかにおばあさんは笑った。
「何か食べていくかい?」
「え? いいんですか? ここはお店なんですか?」
たけおが食いつきのように質問した。
「ここはね、3年前までは夫との家でね。夫が他界してしまってから、今までできなかったような趣味のような部屋にしたくて。この有様よ」
「趣味? 素敵ですね」
ムタイが優しく言った。
「ほら、座りなさいよ。いまご飯を作るわね」とにっこり顔のおばあさんが台所へ消えてった。
「おい、ムタイ、何が食べれんのかな? ほっけの開きか? それとも白飯に塩鯖とか?」
「いや〜鮭の塩焼きも捨てがたいぞ。沢庵なんか添えて、白米かき込みたいぜ」
2人がありとあらゆる周りのご飯を手当たり次第口に出していた。
そこにおばあさんがとてつもなくいい匂いにの存在と共に現れた。
それは見た事も、名前もわからない料理だった。
「・・・・・・この蕎麦になる前みたいな黄色い麺はなんですか? この上にのったぶつぶつした山は?」
ムタイとたけおは、腹の空き具合を忘れて目の前の見知らぬ料理に夢中だった。
「あはは。そりゃ見たことないわよね、これはね、ミートソーススパゲティーっていうのよ」
「ミートソース ス? パ? ゲティー?!」
ふたりでハモってしまうほどだった。
「細長い黄色い糸のような麺がたくさん混ざっている・・・・・・この茶色いゴツゴツした物体は?」
ムタイがスパゲティーから目を離さずにきいた。
「上にのっているのは、ひき肉っていってね、豚や牛の肉を粉々にしたもので、そこにトマトや人参や玉ねぎを加えて、外国でよく使われている赤いソースで煮込んだものよ。下にあるのはスパゲティーという海外でよく食べる麺なのよ。きっと見た事も聞いた事もないわよね」
「ほぉー・・・・・・」
「ムタイ訳わかるか?」
「・・・・・・肉ってのはわかったけどさ、あとはわからない。でもとにかくいい香りだ。食べようよ、なんだっていいじゃないか」
ムタイは無我夢中に食べたい気持ちを勝ち進めた。
「いただきます」
ふたりは食べ方も分からずにでも一口食べたら、素晴らしい初体験の味がそこにはあった。
「んめーーー!!!(うめー)」
ふたりは言葉を合わせた。
「ばあさん、うますぎるよ。こんな料理どこで覚えたんだ?」
「私の趣味よ。外国の料理を長年研究していてね。夫には内緒でいろんなレシピや道具を集めてたってわけよ。毎日ここで洋食を作るのがわたしの趣味なの」と言いながら、鉄の分厚いミニ倉庫のようなものを眺めながら言い放った。(それはのちにオーブンと言われる)
「へぇ。にしても美味すぎる。これが外国の料理なのか。この甘くて濃厚な肉の塊に蕎麦みたいな麺も柔らかくて美味しすぎる」
ムタイとたけおは洋食の虜に一瞬でなったのだ。
まだこの時代の日本は、魚か米かお漬物ってくらいで外国のものに触れるなんて考えもなかったのだ。
そんな日本にもまさか外国の食べ物がこんな美味しいなんて、まだ誰も気付いてないだろう。
「そんな喜んでくれて、嬉しいよ。いつも作りすぎちゃってね。もったいなかったのよ。またいつでも食べにきてくださいな」
おばあさんは優しく目を笑わせた。
「たけお、また絶対来ような。俺明日にでも来たいよ、ばあさん」
「ああ、いいよいいよ。明日またおいでなさい」
そのおばあさんからの言葉によりその日から毎日くるようになった若者ふたり。
オムライスにビーフシチュー、カツレツからグラタンまで様々なものを食べさせてもらう毎日だった。
そんなある日たけおたちは思った。
「ばあさん、こんな上手い料理、俺たちだけでも食べきれない日あるしさ、もっともっと外国っつうもんを広めてみない? おいらたちとさ」
「えぇ? どういう意味だい?」
「洋食? つぅもんを、お店にするんだよ!」
「お店!? できるのかしら。私なんかが作ったもんあんたたちくらいしか美味しい美味しい言ってくれないわよ」
「なわけないよ。もっとさこの感じたことないこの旨さを広げようぜ」
たけおとムタイはノリノリにも程があった。
おばあさんはやや不安げな顔色を浮かべつつも、2人の若さたるやなパワーに乗せられた。
たけおとムタイは屋敷にお客さん用の木の机を作りダイニングテーブルをたくさん作り上げた。
おばあさんは趣味歴50年の洋食の下準備を次々と手際良くしていた。
極め付けの、村へのお店オープンの報告もムタイとたけおのさりげない人脈を使い、村にはあっという間に店が伝わった。
そしてお店はオープンした。
村にご飯やさんはほとんどなかっため、珍しさ見たさに村人は153人の列を作った。
「おおー! ほぼ村人全員きたよ」
「本当ねぇ、すごいわ。ふたりともありがとう。なんだかワクワクしちゃう」
「ばあさん! 今日は忙しくなるぞー」
「がんばりましょう!」
3人の瞳は輝きを放っていた。
その日からというもの、「外国の食べ物が食べられるお店」として村からまた村へと噂は広がった。
今まで、魚、納豆、米などに助けられていた食文化に新たなる風をこのおばあさんは広めたのだった。
日本初の洋食の広め役となった、おばあさん、たけお、ムタイ。
「ばあさんー、今日のおすすめは?!」
「牛もつのトマト煮込み シシリア風だよ」
「聞いた事もないけどじゃあそれ3つ」
店内には耳慣れない言葉と、洋食の匂いに包まれていた。
毎日368人は来店するお店は、巷では「注文の多い料理店」として日本の村人たちの心を鷲掴みにしたのだった。
のちに、ムタイとたけおも、おばあさんからの知識を得て、ムタイはココナツシュガーのソムリエに、たけおはオムライス生地の評論家になった。
(編集部より)本当はこんな物語です!
英国風の身なりをした青年紳士2人が山奥に狩りにやってきました。でも猟果はさっぱり。そのうち周りの様子は不穏に満ち、案内人はどこかへ行き、猟犬2匹も泡を吐いて死んでしまいます。宿へ戻ろうとしますが、道に迷い、辺りはいっそうのおどろおどろしさが漂います。
途方に暮れた2人の前に、「西洋料理店 山猫軒」と書かれた一軒家が現れます。ほっとして店内へと入っていくと、「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」という注意書きがあるのに気付きます。さぞ繁盛している店だと思った2人でしたが、首をかしげるような注意書きが次から次へと現れて……。そう、客の注文が押し寄せるカレンさん版と異なり、賢治版の料理店は、店が客に向かって注文しているのです。いったいどんな料理が出てくるのでしょう。
宮沢賢治作品のなかでも、最も知られたタイトルの一つでしょう。「イーハトヴ童話」としてまとめられた短編集のタイトルでもあり、本作を含め、「奇妙な味」とでも呼べそうな9編の幻想奇譚が収められています。イーハトヴ(イーハトーブ)は賢治の故郷・岩手をモチーフにしたとされる理想郷をさす造語で、この名に触発された文化作品が数多く生み出されています。