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朝日新聞書評委員の「今年の3点」③ 御厨貴さん、望月京さん、安田浩一さん、横尾忠則さん、吉田伸子さん

御厨貴さん(東京大学名誉教授)

①建築の解像(堀越英嗣著、左右社・6930円)
②戦中派(前田啓介著、講談社現代新書・1650円)
③独占告白 渡辺恒雄 平成編(安井浩一郎著、新潮社・2090円)

 解像の書に迫ろう。①はタイトルに解像とある。建築家は自らと建築、自らの建築をいとおしみ解像する。丹下健三、イサム・ノグチとの深いつき合いの中から、モダニズムとは何かを問う。人と建築を素直に描く態度が胸にストンと落ちる。
 記憶と今の対比の解像と言うならば②は戦中派という人々の人生に迫った作品。それも戦中派総なめの勢いがある。新聞記者ならではのインタビューと書かれた文章を駆使して、戦中派の死んだ男と死ねなかった男のあり方を問う。手法としても見事の一言に尽きる。戦中派の一人で戦後をにぎわした男に焦点をあてたのが③だ。渡辺恒雄という生涯主筆を貫いた男を、本人の証言を元に解像する。結局、渡辺恒雄は渡辺恒雄なのだ。

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望月京さん(作曲家)

①地質学者のように考える(M・ビョーネルード著、江口あとか訳、築地書館・2970円)
②優しくない地球でひとが生きのびるための80の処方箋(せん)(品田知美著、亜紀書房・2420円)
③かたちと人類(松田行正著、左右社・5280円)

 気候変動、山火事、戦争……地球規模の厄災が絶えない。長期的視点で真剣に人や地球の来し方行く末を考えるべき時だろう。①は、この状況が、自然の地質学的・生物学的変化を上回る速度で地球に傷を負わせてきた人間の無頓着で貪欲(どんよく)な行動の帰結であり、長く続くであろうことを地質学的知見に北欧神話や仏教思想なども交えて提示する。では今、私たちに何ができるのか? ②はより日常レベルで個人ができる心がけをやさしい筆致で提案する。③は数万年の文明史上、人の思想がいかなる「かたち」をとり表現されてきたか、多様なテーマと図版で幅広く紹介する「博物誌」。人類知の多方面への具現化はぱらぱら眺めるだけで面白い。①と併せると、その正負の側面を改めて認識させられる。

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安田浩一さん(ノンフィクションライター)

①わたしもナグネだから(伊東順子著、筑摩書房・2090円)
②スコットランドと〈開かれた〉ナショナリズム(髙橋誠著、慶応義塾大学出版会・6930円)
③養生する言葉(岩川ありさ著、講談社・1760円)

 境界を越えた生き方に憧れる。①は世界と韓国の間で生きる人々の姿を描く。移民となった韓国人、ロシアの高麗人、在韓華人。それぞれのナグネ(韓国語で旅人)の来歴は世界の近現代史を映し出す。韓国が拠点の日本人の著者もナグネの一人。旅する者同士が共振しながら物語を紡ぐ。
 ②は「多様性は強み」だとして、移民の受け入れをも積極的に主張するスコットランドの独立運動をていねいに紐解(ひもと)く。「開かれた」ナショナリズムの可能性を明示するのだ。
 悪意と差別に傷つきながら、それでも必死に「抗(あらが)う言葉」を探し続けることで、心は「養生」されるのだと教えてくれたのが③だ。「生きていてもいいと背中を支えてくれる」言葉の数々が、著者の歩みと重なる。

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横尾忠則さん(現代美術家)

①デイヴィッド・ホックニー作品集(海野桂訳、青幻舎インターナショナル・4730円)
②誰のために 何のために 建築をつくるのか(伊東豊雄著、平凡社・2750円)
③ミロのことば 私は園丁のように働く(ジュアン・ミロ著、阿部雅世訳、平凡社・2750円)

 今年1年で読んだのは書評した本のみで他は週2冊の週刊誌が全て。週刊誌は僕にとっては仏教書みたいなもので因果応報、自業自得が満載のスキャンダル記事から学ぶことが大なのです。これほど面白い読み物はないのです。本を読む時間があれば、絵を描くか、アトリエのソファで寝そべっているほうが健康によい。書評は僕にとっては一種の社会的リハビリです。この歳(とし)になると、知識も教養も生きていくうえで邪魔になります。なるべく空っぽの状態でいるのが理想です。そんな中で風通しのよかった本を3冊紹介します。『デイヴィッド・ホックニー作品集』と伊東豊雄さんの『誰のために 何のために 建築をつくるのか』と『ミロのことば 私は園丁のように働く』です。

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吉田伸子さん(書評家)

①ヤービと氷獣(梨木香歩作、小沢さかえ画、福音館書店・2200円)
②ガラパゴスを歩いた男 朝枝利男の太平洋探検記(丹羽典生著、教育評論社・2640円)
③江戸東京の坂道 凸凹から読み解く都市の成り立ち(岡本哲志著、学芸出版社・2750円)

 ①は私にとって特別な作家である梨木さんが手がけた児童文学、マッドガイド・ウォーターシリーズの三作め。「ヤービ」と名乗るふわふわとした毛が生えた小さな生きものと、寄宿学校で教師をしている「わたし」の間に流れる時間の、なんと愛(いと)おしく、なんと豊かであることか。帯に書かれた「生きているものは、みんなさみしいのです」という言葉は、そっと心の奥に置いておきたい。②は、〝あんまり知られていないけど実はすごい人〟を描いたノンフィクションが好きな私にはたまらない一冊で、1930年代にガラパゴス探検に赴いた日本人・朝枝利男の足跡を辿(たど)った一冊。③は、坂道好きには強くお勧め。街の成り立ちを頭にいれながら歩くと、いつもの風景がちょっと変わって見えるはず。

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>書評委員の「今年の3点」①はこちら

>書評委員の「今年の3点」②はこちら

>書評委員の「今年の3点」④はこちら