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「斎藤氏四代」書評 道三はいつ「マムシ」になったか

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月25日
斎藤氏四代 人天を守護し、仏想を伝えず (ミネルヴァ日本評伝選) 著者:木下聡 出版社:ミネルヴァ書房 ジャンル:伝記

ISBN: 9784623088089
発売⽇: 2020/02/08
サイズ: 20cm/314,13p

斎藤氏四代 人天を守護し、仏想を伝えず [著]木下聡

 戦国大名斎藤道三(どうさん)。非常に有名な人物だが、その実像は意外に知られていない。かつては油売りから美濃一国の主にまで登りつめたと考えられてきたが、「六角承禎条書(ろっかくしょうていじょうしょ)」という史料の発見によって親子二代の国盗りであることが明らかにされた。すなわち、京都から美濃に流れてきて土岐氏に仕えたのは、道三の父である長井新左衛門尉(しんさえもんのじょう)だったのだ。現在放送中の「麒麟(きりん)がくる」も、この見解に沿っている。
 本書は新左衛門尉・道三・義龍(よしたつ)・龍興(たつおき)の斎藤氏四代の歴史をまとめた評伝である。最新の研究成果を踏まえつつ、著者独自の新知見も随所に織り込んでおり、現時点で最も信頼できる人物伝と言えよう。
 道三というと、婿の織田信長に影響を与えた先駆的な革新者の印象が強い。しかし主君土岐頼芸(ときよりのり)の一族を暗殺し、頼芸を追放するといった謀略によって美濃国を奪った道三には信頼できる家臣が少なく、道三の独裁色が強かった。今川・武田・北条といった他の戦国大名と比べて、統治システムや法整備ははなはだ未熟だった。
 一方、父道三を討った義龍は、六人衆と呼ばれる重臣たちを通じて安定的な美濃統治を実現した。著者は、義龍が早死にさえしなければ、「信長の美濃制圧は倍以上時間がかかっていた可能性が高く、むしろ美濃を落とせなかったかもしれない」と評する。暗君のイメージが強い龍興に対しても、父義龍の急死で家督継承したにもかかわらず、信長の侵攻を数年にわたって防いだ、と再評価を促している。
 こうした実像だけでなく〝虚像〟の形成過程を解明している点も興味深い。義龍の実父が土岐頼芸である(頼芸の愛妾を道三がもらい受けた)という説は江戸中期以降に創作されたという。道三の「マムシ」という異名に至っては、坂口安吾の『信長』が初見というから驚かされる。小説の影響力、恐るべし。
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 きのした・さとし 1976年生まれ。東洋大准教授(日本中世史)。博士(文学)。著書に『中世武家官位の研究』など。