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魅力的なコミュニティーの物語 辛島デイヴィッドさんが薦める新刊文庫3冊 

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』 ジェレミー・マーサー著 市川恵里訳 河出文庫 1320円
  2. 『漂流』 角幡唯介著 新潮文庫 1100円
  3. 『AX アックス』 伊坂幸太郎著 角川文庫 748円

 (1)は世界中から本好きが集まるパリのシェークスピア&カンパニー書店が舞台のメモワール。「小説を書くかのように」何十年もかけて書店を作り上げたアメリカ人店主は、店内に選(え)りすぐりの本を並べるだけでなく、行き場のない書き手たちに寝床まで用意していた。本書の著者も故郷カナダから逃げるようにしてフランスに渡り、書店にしばらく転がり込んだ一人。店を行き交う個性豊かな人物たちをめぐる様々なエピソードを元犯罪記者の鋭敏な着眼点と静かなユーモアで語る。

 (2)もある年長者の生き様に魅せられた著者がその人物とコミュニティーの物語を見事に復元するノンフィクション。探検家でもある著者は、37日間におよぶ漂流から奇跡の生還を遂げながらも、再び海に向かう決断をしたマグロ漁師の影を追い、沖縄、グアム、フィリピンへと足を延ばし、取材を重ねる。言葉でのコミュニケーションを必ずしも得意としない人物たちの証言に耳を傾けながら、常に死がすぐ目の前にある海の世界に深く潜り込んでいく。

 (3)は家族のために足を洗いたいと考えている殺し屋が主人公の連作短編小説。ファンおなじみの人間味ある登場人物、心くすぐられる会話文、予想外の展開は健在で、そのエンターテインメント性は極めて高い。同時に、多くの人が家に仕事を持ち帰らざるを得ない日々が続くなか、職場での顔と家庭での顔の切り替えに悩まされている人には、より深いところで響くのでは。=朝日新聞2020年5月2日掲載