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鉄道ミステリーの新たなる旗手 杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『留萌本線、最後の事件 トンネルの向こうは真っ白』 山本巧次著 ハヤカワ文庫JA 792円
  2. 『暗手』 馳星周著 角川文庫 990円
  3. 『修道女の薔薇(ばら)』 キャロル・オコンネル著 務台夏子訳 創元推理文庫 1628円

 (1)は鉄道ミステリーの新たなる旗手として知られる作者の最新長篇(ちょうへん)だ。
 JR北海道・留萌(るもい)本線は赤字路線の一つだが、その廃止が決定した近未来という設定で本作は書かれている。運命の日が間近に迫った列車を、爆発物を手にした男が占拠するのである。運転手と乗客を人質にとった犯人は、交渉役として、廃線に一役を買った道議会議員を要求した。
 ローカル線とハイテクを駆使した犯罪の取り合(あわ)せに意外性があっていい。合理性を追求すれば何かが必ず犠牲になるが、それによって喪(うしな)われることもあると、作者は警告を発している。

 (2)は、犯罪者の内面を掘り下げて描いた圧巻のスリラーである。舞台となるイタリアの描写も興味深い。
「暗手(あんしゅ)」と呼ばれるプロの犯罪者・加倉昭彦は、サッカーの八百長工作を進めていた。だが、ある女性に出会ったことがきっかけで、彼の計画には暗雲が立ち込め始める。人の心を捨てたはずの男が、湧き上がる恋慕の思いに苦しめられる物語だ。終盤の非情な展開が読みどころである。

 (3)は、他人と心を通わせることを拒む孤高の天才、キャシー・マロリーが活躍する警察小説シリーズの一作だ。行方不明の修道女を捜すマロリーは、四重殺人事件へと引き寄せられる。同じころ、修道女の甥(おい)である盲目の少年・ジョーナは、何者かに監禁されていた。無関係に見える二つの出来事を結びつけるオコンネルの手際は相変わらず見事だ。危地の中で必死に生きようとする少年の姿からも目が離せない。(書評家)=朝日新聞2020年5月16日掲載