「宿無し弘文」書評 セクシーな風来坊の願ったこと
ISBN: 9784797673821
発売⽇: 2020/04/23
サイズ: 20cm/325,9p
宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧 [著]柳田由紀子
曹洞宗名家から京大大学院、永平寺では特別僧堂生に推挙され、将来嘱望されていたバリバリの修行僧。その地位を捨て、永平寺の高僧に「生涯不犯(ふぼん)を通す」と誓った弘文さんはまもなく渡米する。誓いを破って米国人女性と結婚。向こうで一カ月小屋に籠もって、徹底的に挫折、懊悩した結果、仏道に生きる決意は崩壊。なぜ逆転の生き方を。
米国での弘文さんは「セクシー」と会う人全てを魅惑。当時深い悩みを抱えていたスティーブ・ジョブズもその一人で彼は弘文さんを独り占めしたがる。彼の評判は悪く、金と名誉に溺れ、傲慢でエキセントリック。ジョブズが禅から受けた影響といえば、せいぜい直感ぐらいと世間の目は冷たい。
仏教哲学者鈴木大拙は、知性や論理を媒介とする西洋哲学とは異なり、禅は修行による神秘主義の一形式であると、従来の西洋的視点とはガラッと違うアプローチを展開。ヒッピーカルチャー、カウンターカルチャーの地サンフランシスコの若者やインテリが熱中する精神世界のど真ん中に禅があった。
そんな状況の中で禅のカリスマ弘文さんが女性にもてないわけがない。来るものは拒まず式の受容的自然体の弘文さんは二度の結婚で五人の子供をもうける。女性たちは、弘文さんに惚れて結婚したものの、わがままの風来坊は制御不能。別れるしかない。
僕は弘文さんが如何なる最期を迎えるのだろうかと、結末に関心を持ちながら読み進めたが、最期は五歳の娘が父を道連れにした形で不慮の死を遂げる。
弘文さんの死後、長女は父が亡霊になって夢枕に立つという。弘文さんは現世で多くの悩める魂を救ったかも知れないが、長女の前に出てくる父こそが自らを救えなかった真実の姿だったのではないだろうか。
「あぁ……あぁ(中略)弘文さんは、自ら〝願って〟地獄に堕ちたんだ」(昔の修行僧仲間・田中真海老師)
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やなぎだ・ゆきこ 1963年生まれ。新潮社の編集者を経て、2001年に渡米。著書に『二世兵士 激戦の記録』。