山田航が薦める文庫この新刊!
- 『飯田龍太全句集』 飯田龍太著 角川ソフィア文庫 1892円
- 『完本 小林一茶』 井上ひさし著 中公文庫 990円
- 『みすゞと雅輔(がすけ)』 松本侑子著 新潮文庫 990円
(1)は「伝統俳句の巨匠」と称される山梨県の俳人の全句集。読んでみると驚くほどに現代的なモチーフが詠まれないので、時代性が見えず不思議な感覚に陥る。
よく晴れて雪が好きな木嫌ひな木
八方に音捨ててゐる冬の瀧
耳ふたつひとびと忘れ鳥雲に
アニミズムを思わせる大胆な擬人化が印象的だ。聴覚を媒介に自然へと没入してゆく句が目立ち、耳ふたつでどこまでも想像力を飛翔(ひしょう)させてゆく。井上康明の解説によれば、龍太は同世代の金子兜太をライバル視していたらしい。保守派というより、前衛としての伝統派といえる俳人だった。
(2)も続いて俳句の本。前半は著者の選による一茶百句と、俳諧にまつわる随筆や対談。後半は一茶を主人公とした戯曲である。江戸時代の俳諧師という存在を、そのまま近代の芸人に重ねたような、きわめて人間くさい描き方。地方出のコンプレックスを抱えた俗っぽさがあったからこその生活派のリアリズム。
(3)は童謡詩人金子みすゞと、その実弟で古川ロッパ一座の喜劇作家として活躍した上山雅輔を描いた伝記小説。2014年に発見された雅輔の日記を下敷きに、弟の目から見たみすゞの姿が語られる。みすゞは童謡という大正デモクラシーの落とし子的文化の盛衰を、そのままなぞった人生を送った。みすゞと雅輔の姉弟の一代記であると同時に、童謡から大衆喜劇へという、大正から昭和のポップカルチャーの変遷の記録にもなっている。(歌人)=朝日新聞2020年5月30日掲載