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「ボクはやっと認知症のことがわかった」 身をもって伝える正しい知識

 高度な設備がなくても、「100から7を順番に引いて」などの簡単な質問で認知症の検査ができる「長谷川式スケール」。いまでは一般の人も知っているその検査の開発者である精神科医の長谷川和夫先生が、講演で「(ボクは)認知症なんですよ」と明かしたのが3年近く前。それから新聞記者の取材にこたえる形でまとめたのが本書だ。がんやうつ病の専門医が自らもその病になっての闘病記はこれまでもあったが、認知症に関してははじめてではないだろうか。

 正直に言って最初は、「あの長谷川先生が混乱や怒りをあらわにしていたらどうしよう」とかなり緊張した。しかし、記憶の「確かさ」が揺らいできて、自らの経験から「認知症にちがいない」と考えて診断を受け、「なったものは仕方がない」と自然に受けとめたことがおだやかな口調で語られており、こちらの心もすぐにほぐれてくる。

 著者は認知症はその症状に波があり、「固定されたものではない」と言う。一方、その人の人生は「連続している」ので、認知症になったからといって突然、人が変わるわけではないとも言う。実は、それがまさに実証されているのが本書だ。かなりの部分が自分の話ではなく、認知症のメカニズムや研究の歴史、ひとりひとりを大切にする「その人中心のケア」の重要性などに割かれており、学者による一流の解説書になっているからだ。私も思わずメモを取りながら読み進めた。

 著者は言う。「認知症の人を、ただ『支えられる人』にして、すべての役割を奪わないということも心がけていただきたい」。本書を通じて長谷川氏はまさに、身をもって「認知症についての正しい知識を伝える」という役割を果たしている。しかも、ときにユーモアをまじえたおだやかな口調で。「人はみんな、それぞれ違っていて、それぞれが尊い」という著者の言葉が心に響く。認知症についての知識だけではなく、「自分らしい生き方」の大切さを教えられる本だ。=朝日新聞2020年7月4日掲載