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「この世とあの世」書評 阿頼耶識の輪廻転生論に説得力

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月18日
この世とあの世 講演集 著者:大法輪閣編集部 出版社:大法輪閣 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784804614267
発売⽇: 2020/06/10
サイズ: 19cm/313p

この世とあの世【講演集】 [編]大法輪閣編集部

 知識人の間では、あの世はタブー視されているらしい。にもかかわらず、葬式で弔辞を述べる時は「向こうで会おう」と来世など信じてもいないくせに、平気で方便を使う。頭だけのあの世信奉者だ。ところがその元締の仏教があの世の実在を信じていないのだからどうしようもない。絶対の実在を説かないのが仏教の原則ときている。事情を知らされないのは凡夫のみ。
 さて本書は研究者や僧侶11人による「あの世」観だが、大方の論者はあの世が「ある」とも「ない」ともはっきりさせない。われわれ凡夫が一番知りたい問題だが実に歯切れが悪い。論旨の大半は昔から語られている教義だったり、歴史観だったり、名僧や著名人の言葉の引用ばかりで、期待していたような今日的な独自の視点でのあの世論をバシッと語る人はいない。
 そんな中で唯一説得力があったのは竹村牧男氏の唯識の阿頼耶識(あらやしき)の輪廻(りんね)転生論だ。仏教では生死輪廻の存在を前提に業(カルマ)の思想がある。この業は来世にまで影響する。今生の行為が次の世のあり方を決定すると唯識は確信を持って語る。
 過去の因が現在の果、その現在が因となって未来の果がある。こうして生死輪廻がやまないと説かれるが、僕はこの生と死の流転のリズムに、壮大な宇宙摂理のようなものを直感して、ここにあの世とこの世を接続する法則を感知させられたように思う。
 自己の本体と宇宙の本体は本来一体のものであると自覚した時、解脱できるというのは、そのまま芸術の完成と一致する。知性の奥に末那識(まなしき)があり、その奥に阿頼耶識がある。人が見たり、直感したりしたことは阿頼耶識の蔵に移し込まれる。ここに蓄えられた情報によって未来に、どこに生まれるかが決定される。
 唯識はわざわざあの世の存在を説かなくても、唯識の刹那(せつな)刹那はそのまま生死輪廻を説き、芸術も刹那刹那に賭ける。いつの世にか不退転を目指せれば――。
    ◇
 だいほうりんかくへんしゅうぶ 特定の宗派に偏らない仏教総合雑誌「大法輪」(休刊)を編集。仏教書も刊行。