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ぞっとする企み含む物語 「あの日、君は何をした」など、杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『あの日、君は何をした』 まさきとしか著 小学館文庫 792円
  2. 『華麗なる誘拐』 西村京太郎著 河出文庫 935円
  3. 『神と罌粟(けし)』 ティム・ベイカー著 鈴木恵訳 ハヤカワ文庫NV 1562円

 (1)は、母子の関係を主題として繰り返し書いてきた作者が放つ問題作だ。中学生の水野大樹は、ある晩自動車事故に遭い死亡してしまう。彼が深夜に外出した理由が不明だったため、未解決事件への関与を疑う風評が流れ、母親であるいづみの心は深く傷ついた。

 我が子を喪(うしな)った哀(かな)しみにいづみの精神が崩壊していくさまが描かれるのが序盤の展開で、やがて十五年の時が経過して別の殺人事件が発生する。本書の特異さが際立ってくるのは、新旧二つの事件を結びつける糸が見え始める中盤からで、ねじれた心理の描き方に戦慄(せんりつ)させられる。

 (2)は、鉄道ものの名手として知られる作家の初期作品の復刊だ。探偵・左文字進シリーズの一作である。

 左文字は警視庁捜査一課の矢部からある秘密を打ち明けられる。首相公邸に〈蒼(あお)き獅子たち〉を名乗る者から、防衛費と同額の五千億円を要求する電話があったというのだ。日本国民全員を誘拐したと主張する犯人は、実際には何を行ったのか。他に類例のない奇想を楽しんでもらいたい。

 (3)は、暴力との闘いを描いた圧倒的な物語である。アメリカとの国境に位置するメキシコの都市シウダー・レアルでは、女性が八百人以上も殺される異常な事態が続いていた。機能不全に陥った警察に志願して異動してきたフエンテス刑事は捜査を開始するが、前途には大いなる困難が横たわっていた。強者が弱者を虐げる歪(ゆが)んだ世界のありように対する異議申し立てが作者の意図だろう。濃厚な物語である。=朝日新聞2020年7月18日掲載