杉江松恋が薦める文庫この新刊!
- 『芝浜の天女 高座のホームズ』 愛川晶著 中公文庫 880円
- 『ビブリア古書堂の事件手帖(てちょう)Ⅱ 扉子と空白の時』 三上延(えん)著 メディアワークス文庫 693円
- 『壊れた世界の者たちよ』 ドン・ウィンズロウ著 田口俊樹訳 ハーパーBOOKS 1420円
(1)は、故・八代目林家正蔵が主役を務めるシリーズの最新作である。頑固だが人情家だったと言われる昭和の大落語家が、実は名探偵でもあった、という設定の妙に感心させられる。
猫の失踪から始まる騒動を描く「白兵衛と黒兵衛」、過去を語らない妻への疑念のために苦しむ後輩落語家に正蔵が救いの手を差し伸べる「芝浜もう半分」の二篇(へん)が収録されている。作中では、いくつかの噺(はなし)に言及されるが、それらは事件を構成する重要な部品にもなっている。作者の古典芸能に関する造詣(ぞうけい)の深さを窺(うかが)わせ、細部に至るまで無駄がない見事な構成だ。
(2)読書中毒の古書店主を探偵役に配した人気シリーズ、第二期の開始である。
今回、主人公の篠川栞子(しおりこ)が取り組むのは、探偵小説の大家・横溝正史にまつわる謎だ。幻の作品と言われた『雪割草(ゆきわりそう)』の単行本が存在し、しかもそれが何者かによって盗まれたという。家族の歴史を軸に展開する長篇を横溝は好んで書いたが、本書もそれが隠れた主題になっている。家族の紐帯(ちゅうたい)を問う作品なのである。
(3)は、アメリカを代表する犯罪小説作家の短篇集だ。犯罪組織に弟を殺された警察官の復讐(ふくしゅう)を描く表題作、保釈中に逃亡した男を私立探偵が追う「サンセット」などの各篇は過去の長篇からのスピンオフ作品だが、予備知識なしに読める。収録作中の白眉(はくび)は「サンディエゴ動物園」だろう。チンパンジーが拳銃を手にして脱走するという事件から始まる物語で、滑稽極まりない展開は作者ならではのものだ。=朝日新聞2020年8月29日掲載