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愉快な男が茹でる蝙蝠 角幡唯介

 大学を卒業して半年ほどニューギニア島(インドネシア・パプア州)を探検した。ヨットで太平洋を越えて、島に上陸後はマンベラモ川をボートで遡上(そじょう)する。その川の遡上セクションの途中の村から、ゴーという名の駐在国軍兵士がわれわれにくっついてきた。くっついてきた、というのはまったく言葉通りで、こっちから頼んだわけでもないのに護衛を名目に一緒に行くと言い出したのだ。変化のない辺境勤務に退屈きわまっていたのだと思う。

 ゴーはいつもゲラゲラ笑う愉快な男で、国軍に勤務させておくにはもったいないほどだった。人気のないジャングルのなかでもピンセットで鼻毛を抜くなど身だしなみに気を配り、ゴルゴ13が愛用することで知られるM16突撃銃をつねに肩にぶら下げていた。

 その自慢のM16がたびたび火を噴いた。といっても反政府ゲリラに襲われたわけではなく、密林の生き物を仕留めて食おうというのである。

 彼がとった獲物で印象的なのは、ひとつにはキバタンである。これは全長三十センチぐらいの、頭に黄色い鶏冠(とさか)があるのが特徴的な白い鸚鵡(おうむ)で、ペットとして人気である。これがニューギニアのジャングルには大量に群棲(ぐんせい)しており、ゴーはしばしば木々の間に姿を消しては、アーハッハとの笑い声とともに両手にぐったりと力の抜けたキバタンをぶら下げてもどってきた。味は……というとじつに旨(うま)い。といってもニンニクやショウガ、調味料を大量投入して中華鍋で炒める、といった調理法だったので、キバタンそのものの味はよくわからなかった。

 逆に食材の旨味がよく出ていたのが蝙蝠(こうもり)である。熱帯のニューギニアには巨大なフルーツ蝙蝠が木々にぶら下がっていて、これもまたゴーの愛用銃の格好の標的となった。

 こちらは炒め物ではなく鍋でぐつぐつと茹(ゆ)でる。これにもやはりゴーは濃厚な味付けをほどこしたが、それ以上にスープに蝙蝠の出汁(だし)が出てじつに美味なのである。絶品なのが脳ミソで、火が通って軟らかくなった頭骨をスプーンで砕いて中身をすすると、やはり蝙蝠の味が口いっぱいに広がる。

 それにしてもこの蝙蝠の味、なんと表現すればいいのやら。苦味がありまろやかで芳醇(ほうじゅん)、などと書けばそれっぽいが、しかしどこか舌足らずである。フルーツ蝙蝠を図鑑で見て、その黒い容姿から想像される味を可能なかぎり極上にした感じ、とでも言えばいいだろうか。物書きに表現の限界をせまるのが蝙蝠の旨味ともいえる。

 東京の繁華街のどこか一角に、コック姿のゴー氏がゲラゲラ笑いながら蝙蝠鍋を出す店があれば、意外と流行(はや)るかもしれない。彼の思い出とともに蝙蝠の味が私の舌にはのこっている。=朝日新聞2020年8月29日掲載