堀部篤史が薦める文庫この新刊!
- 『檀流クッキング入門日記』 檀晴子著 中公文庫 902円
- 『枕詞はサッちゃん 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生』 内藤啓子著 新潮文庫 649円
- 『思い立ったら隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理著 ちくま文庫 814円
「火宅の人」として知られた作家檀一雄は、同時に『檀流クッキング』のような食にまつわる書物を複数冊著した大の料理愛好家だった。(1)は、そんな檀家の長男と結婚した著者が、「チチ」(義父檀一雄)との思い出や、自身の料理遍歴や食への関心を綴(つづ)ったもの。印象深かったのが、「チチ」が語ったオニオングラタンスープの作り方。食材の最後にビール一本が付け加えられるが、これは調理のためのものではない。玉ねぎを飴(あめ)色になるまで炒める時間を、飲みながら待つためのビールだという。「檀流クッキング」はあくまで楽しみとしての料理で、経済性や持続性を重視する家庭料理とは異なる。しかし著者は美味(おい)しいものを作り振る舞うことの悦(よろこ)びを「チチ」から教わることで、家事労働を日々の楽しみとして変換することに成功している。
(2)も娘の目線から描いた作家のポートレート。気弱で自信がなく、よそから見れば家族思いとは言い難い等身大の詩人の姿は、家族でなければ描けないリアルさと哀愁が漂う。本書を読めば阪田寛夫の「枕詞(まくらことば)」として生涯つきまとった童謡「サッちゃん」の三番の詞に、詩人のはにかみと物憂げな表情が浮かぶはず。
夢や目標ではなく「現状維持」が隠居の本質だと説く(3)は、ある部分で、人口、経済が縮小していくこの国の未来の生き方を示唆している。著者の暮らしぶりは、一時喧伝(けんでん)された「丁寧な暮らし」と呼ばれるライフスタイルと結果的に似ているのも興味深い。=朝日新聞2020年9月5日掲載