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燃え殻さん「すべて忘れてしまうから」インタビュー バランス悪く生きている人って、魅力的

文:土井大輔、写真:有村蓮

「空が青い」、それでいいんだよなぁ

――嘘をつく人、借金を重ねる人、「死にたい」というDMを送ってくる人と、『すべて忘れてしまうから』には、どこか弱い部分のある人たちが描かれています。燃え殻さんが人間の「弱さ」に注目するのはなぜですか?

 僕は生命体としてすごく弱いんです。アトピーを持っていたり、お腹が弱かったり。表現する人の中でも、弱くても頑張っている人に、勝手に親近感を持っていました。どこかバランスが悪い人のほうが見ていて落ち着くし、自分も頑張れるかもしれないと励まされていました。

 クラスに、誰とも話さない人っているじゃないですか。そういう人と友達になりたくてしょうがなかった。でも僕は結局、他の友達と話してしまうんですよ。迎合してしまう。流されてしまう。誰とも話さない、修学旅行でもひとりでお土産を選んでるような人にずっと憧れながら。自分は孤独にもなれないんだ、と思いながら。

――弱いけれど、自分を貫いている人に惹かれる。

 インターネットにも、すごい強者がいるじゃないですか。「情報強者」が。そのなかで、リツイートされるかどうかなんて気にせず、「風邪ひいた」とか「寒いな……」みたいなことだけつぶやいている人に憧れるんです。

 僕なんかいやらしいから、「それだと、リツイートされないんじゃない?」って思うんです。それが木村拓哉さんとかだったら、わかるんです。でも、いちサラリーマンが「空が青い」とかつぶやいている。それでいいんだよなぁって。流されすぎて、わけわかんなくなってるんです。

 この本にも書いたんですけど、僕の友達で全然働かない人がいて。46歳、今年47歳になるのに、バイトを3回くらいしかしたことないって。そっちのほうがすごいだろうって思うんですよね。競争心とかないし、人の足を引っ張らない。起きて、メシを食って。メシを食えなかったら、「しょうがねえなぁ」って。それで毎日(アメリカの音楽チャンネル)MTVを観ている。「MTVって資本主義の権化じゃん。バランス悪すぎるよ、お前」って。バランスが悪く生きている人って魅力的ですよね。

忘れるくらいがちょうどいい

――書名の「忘れる」という言葉については、どのようにとらえていますか?

 本当に忘れるっていうことは多くて。このあいださあ……って話した「このあいだ」が10年前だったり、「先日……」って話したことが、実はまったくなかったことだったり。どうかと思うんだけど、「忘れる」ということを肯定せざるを得ない。

――「忘れたい」ということもありますか。

 ありますよ。テレビの裏方の仕事をやっていたときには、イヤなことがめちゃくちゃあって。パワハラみたいなこともあったんですけど、忘れてる。いくつかしかおぼえていない。強制終了させてるんです。イヤなことすぎて、忘れていてる。

 先日、母親に会ったら、「あんたは子供のころ、かわいそうで……」って僕が憶えていないことで泣いてたんです。でも、僕は忘れてるんですよ。忘れないと生きてこられなかったのかもしれないですね。忘れるのがちょうどいいですよ。今はインターネットでも「魚拓」がとられて、「言ってることが変わった」って言われたりするけど、変わるのは当たり前じゃないですか。人はそれを成長と呼ぶんです。退化かもしれないけど。

――出版にあたって、読者の感想や反応はチェックしていますか?

 します。若い人たちの反応がうれしいですね。「いま自分はこういう状況だけど、こんなイヤなこともいつか忘れられるのかな」みたいな感想を読んだときはうれしかったです。実際、忘れられますしね。何日か夜を越えればどうにかなる、今はとりあえず伏せろ、みたいな。対処なんかないから。ヤバいときは、やりすごそう。そしたら忘れるぞみたいな感じですね。

「鳥貴族」で話すように、書く

――Twitterに小説、エッセイと、燃え殻さんが文章を書き続けるのはなぜですか?

 僕は生きているなかで「怖い」が原動力なんです。怖いからなんかやる。怖いから書くとか、怖いから仕事するとか。年をとって稼げなくなったら怖いから働くとか、ノストラダムスが怖いとか。有名人の訃報が怖いとか。何かやれって言われているうちは、何かしなきゃって思ってるだけです。

――不特定多数に向けて文章を書くときに、意識していることはありますか?

 「不特定多数の人が読んでいる」って思わないことを意識してます。僕のTwitterですら、親も読んでるんですけど、親が読んでるなんて思った瞬間にイヤになるじゃないですか。エロいことは書けないとか。だから、誰も読んでないって、よくわからない暗示をかけています。

 本は親戚も読むし、通っている歯医者さんも「読んだよ」って言っていました。自分が憧れていた人も「読んでますよ」とか。そうなると、カッコつけたくなるじゃないですか。たくさんの人が読むかもしれないと思った瞬間に、頭がよく見られたいとか、みっともなくないように見られたいとか、ちょっと難しいことを言いたくなる、いやらしい自分が出てくる。

 だから、友達に「鳥貴族」で話すなら、どう話すかな?って思いながら書くようにしています。普段「鳥貴族」で話しているのは、僕の話が通用して、席を立たない人。まず、「なんで『鳥貴族』なのよ!」って言わない人ですね。そういう、僕の話を聞いてやろうかっていう人に話しているっていう設定で書く。そのとき僕は、ちゃんと「僕」として話しているかなって。ようするに、ふだん使わない言葉を使ってないか、とか。

 漢字も、自分が書けない漢字はひらがなにしようって思っていて。変換できるし、変換すると、頭がよくなれる。「でもこれ、書けるかなぁ」って。「……書けないな。(使うのは)やめよう」みたいな。

コロナで心が健康になった

――本でも触れられている新型コロナの影響による外出自粛やテレワーク。これによって、ものの見方や考え方に変化はありましたか?

 健康になったっていうのがありますね。いろんな飲み会が強制的に自粛になって、法事もすっ飛んだ。「この飲み会は出たほうがいい」とか「あなた法事くらいは出なさい」とか、言いづらいんですけど、そういうのが本当にイヤだったんで。

 行きつけの喫茶店とか定食屋がつぶれてしまうこともあって、大変な状況になった人もたくさんいることもわかっているので、なんとも言えないのですが。個人的なことをいえば、そんなに酒を飲まなくてよかったんだなとか、そんなにあの人に会う必要はなかったなとか、見直しができました。もともと「密」が好きじゃなかったから、そういう人にとっては生きやすくなったんじゃないですかね。

 (席に間仕切りがあるラーメン屋の)「一蘭」みたいなシステムは、平時はちょっと変だったじゃないですか。コミュニケーションは大切とか、人と人は実際に会わなきゃね、とか。それが基本全部なくなった。静かになった。自分としては、心が健康になった気がします。

――「人間らしく生きてみよう」と書かれていましたね。

 僕は夜中の2時、3時まで働いていたんですけど、それが人間らしいとはまったく思わないし、朝、満員電車でおじいさんのサラリーマンを見て、「いつかこうなるのか」って思ってたんですよ。みんな吊り輪のグリップがしっかりしていて、「こういう人しか生き残れないんじゃ、俺、死ぬな」って。

 それが、コロナをきっかけに通勤がなくなったり、飲み会がなくなったり、いろんなものをやめましたってなって生活が一気に変わると、不安かもしれないけど、考えてみれば、僕は最初から不安だった。病気になったらどうしようとか、地震がきたらどうしようとか。そういうふうに、不安に思っていたものがきた。ただそれだけじゃないかって思って。心の準備はできてたんですよね。「なんかわけのわからないものがきて、生活が変わったらどうしよう」って思っていたら、実際にわけのわからないものがきて、生活が変わった。これ、ずっと言ってヤツだと思った。

 もうこの機会をうまく使うしかないんですよ。うまく使える人と使えない人がいますよねとか言ってる場合じゃなくて、自分なりにうまく使って生きていくにはどうするか考える。今までとは違う生活スタイルが、もう前提として、ルールとして組み込まれていくんだから。「3回振ったら、三振です」みたいな。「俺、4回がいいんだけどな」っていうのはナシなんです。この前提のもと生きていくしかないですよね。