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「デジタル円」書評 中央銀行が発行する必要と影響

評者: 石川尚文 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月03日
デジタル円 日銀が暗号通貨を発行する日 著者:井上哲也 出版社:日経BP日本経済新聞出版本部 ジャンル:金融・通貨

ISBN: 9784532358570
発売⽇: 2020/07/21
サイズ: 20cm/251p

デジタル円 [著]井上哲也

 〝仮想通貨〟をめぐる議論には一種のロマンがあった。紙幣がデジタルに変わるだけではなく、通貨の担い手が国家から民間に、中央集権から分散処理に変わる――。本書の題名や、表紙に躍る「暗号通貨」の文字列にも、その残り香は漂う。だが、描き出されるのは、かつての高揚感がもはや剝ぎ落とされた世界だ。
 主な考察の対象は、中央銀行が発行し、家計や企業が日々の支払いや決済に使う「一般目的型」のデジタル通貨である。中国、スウェーデン、ユーロ圏、英国、スイスなどの中央銀行関係者らによる議論が詳しく紹介されるのが特徴だ。
 なぜ、中央銀行によるデジタル通貨が必要なのか。検討が加速した背景にはフェイスブックの暗号通貨リブラ構想への対抗もある。
 だが、そもそも様々な商取引がデジタル化される時代に、支払いも電子化すれば便利になるのは当然だ。安全で効率的な手段が普及すれば、それを使った新たなサービスを促す「社会インフラ」になる。
 歴史的にも中央銀行の設立は、民間による「銀行券の乱立を収拾するという目的」を帯びていた。物価の安定も、広く使われる通貨に働きかけることで可能になる。いまの時代に、中央銀行がデジタル通貨に乗り出すことに、一定の合理性があることになる。
 著者が描く道筋は、まず銀行券(紙幣)を、次いで銀行預金をデジタル通貨に置き換えていくという二段階方式だ。考慮すべき多数の論点が示されているが、なかでも民間銀行への影響は甚大になりうる。銀行預金を軸に、支払い・決済と金融仲介という二つのサービスを同時に提供していた「伝統的な商業銀行のビジネスモデルに終止符を打つことにも繋(つな)がる」からだ。
 専門用語も多く、評者のような素人には正直、読むのに骨が折れた。だが、一見面白みに欠ける「実務」の先にこそ、新しい世界が開けているのかもしれない。そうも思わされた。
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いのうえ・てつや 1961年生まれ。日本銀行を経て、野村総合研究所主席研究員。著書に『異次元緩和』。