1. HOME
  2. 書評
  3. 「東アジアのなかの二・八独立宣言」書評 東京留学生が発信した民族自決

「東アジアのなかの二・八独立宣言」書評 東京留学生が発信した民族自決

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月10日
東アジアのなかの二・八独立宣言 若者たちの出会いと夢 著者:在日韓人歴史資料館 出版社:明石書店 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784750350288
発売⽇: 2020/07/25
サイズ: 20cm/217p

東アジアのなかの二・八独立宣言 若者たちの出会いと夢 [編]在日韓人歴史資料館 [監修]李成市

 第1次世界大戦後のパリ講和会議。注目された議題の一つが民族自決だった。1919年春、朝鮮で起こった三・一独立運動は、この動向に植民地の諸民族が呼応した典型として、教科書でもおなじみだ。
 だがそのひと月ほど前、運動の「導火線」となる文書が、東京から世界へ向けて発信された事実を知る人は少ない。本書はこの二・八独立宣言をめぐるシンポジウムの記録である。
 宣言を起草したのは朝鮮人の留学生たち。彼らは、辛亥(しんがい)革命を体験した中国人や、同じ植民地下の台湾人の留学生と東京で出会っていた。帝国の首都は文明の先進地として、また帝国への抵抗の結節点となって、人々を惹(ひ)きつけた。ロンドンなどと同様に、そこで反帝国主義のネットワークが出来るのは必然だろう。
 独立宣言の背景にも、朝中台の青年が作る秘密結社での交流があった。そこから「改造」の潮流を担う知識人が育っていく。朝中日の3言語を併用した雑誌に光を当て、人のつながりを追う中で、視野は一気に東アジア規模へ広がる。
 ただし本書は、諸民族の連帯を言祝(ことほ)ぐ予定調和で終わらない。中国には、アジアを先導するのは当然自分たちとの意識があり、朝鮮と台湾の間でも、独立か自治か、意見のすれ違いが生じた。東アジアの現状を念頭に、協力の難しさや通説への疑問を臆せず明かす真摯(しんし)さが、討論の記録からよく伝わる。独立運動に果たした朝鮮キリスト教会の役割に見直しを迫り、キリスト教を「手段」にして運動に賭けた個々人こそ、より深い次元で理解すべきだと説く議論も説得的だ。
 宣言の訴えは、宗主国に届いただろうか。政府はその後、留学生への懐柔と監視を強めていく。「融和」政策の破綻(はたん)は、数年後の関東大震災で起きた朝鮮人虐殺で露呈した。惨禍の実態を、留学生がいだいた夢とともに同じ東京の歴史として記憶できるか。百年後の私たちも試されている。
    ◇
リ・ソンシ 1952年生まれ。早稲田大教授(東アジア史)、在日韓人歴史資料館館長。『闘争の場としての古代史』など。