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ショーン・タン「内なる町から来た話」書評 私たちの基盤を砕く物語

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月31日
内なる町から来た話 著者:ショーン・タン 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309208039
発売⽇: 2020/08/27
サイズ: 25cm/219p

内なる町から来た話 [著]ショーン・タン

 クマが弁護士を立てて、人類に対して訴訟を起こした。窃盗、略奪、不法占拠、拉致、殺害、虐待、霊魂廃棄罪。人間法より歴史のあるクマ法が優先される、と弁護士は主張する。潔いほど私たちの基盤を粉々に砕く物語。爽快だ。
 作者の巡回展で私は彼の絵に釘付けになった。そして今、家の本棚には彼の絵本が並んでいる。なぜ、魅了されたのか。画力、構成力、発想力。もちろんそうだ。だが、本書から見えてきたのはもう一つの視点。つまり、上述の物語に如実にあらわれているような、人間世界が放つ重力をものともしない跳躍力である。
 会議室でカエルに変身した会社の幹部たち、大空を埋め尽くす無数の蝶の舞、高速道路を駆ける馬の群れ、深夜の都市で愛を交わす巨大なカタツムリ。作者は、ハトの羽、オウムの嘴(くちばし)、カバの口を読者に授けてくれる。そして、平滑で硬質な世界を生きる私たちに色、光、匂い、そして肌触りを思い起こさせるのだ。