マルセル・シュオッブは19世紀末のフランスの小説家で、37歳の若さで死んだ。しばらくは本国でも忘れられた存在だったが、21世紀になって新たな注目が集まり、この日本語版全集と同じ頃にはスペイン語版全集も出た。シュオッブがスペイン語圏で特に評価が高いのは、20世紀文学の巨匠ボルヘスがシュオッブを崇拝していたことが大きいだろう。シュオッブを評して「フランス風ボルヘス」なる言葉もよく使われる。
大変な読書家で短い作品しか書かなかった点などが確かにボルヘスと似ている。また、我が国の作家の中に似た人を探すとなると、やはり同じように夭折(ようせつ)した中島敦となろう。ともに『宝島』のスティーヴンソンを熱愛してやまなかった。
マイナーな作家とはいえ、シュオッブは日本でも、古くからひそかに愛されてきている。シュオッブの初期の翻訳者には、上田敏をはじめ堀口大学や日夏耿之介がおり、その作風に影響が認められる作家となれば、澁澤龍彦や山尾悠子がいるのだ。
数年前に手がけたこの1巻本全集は、全体の半分ぐらいが、40年ほどの昔に南柯書局(なんかしょきょく)と森開(しんかい)社から出版されて、学生時代に私が読み耽(ふけ)った大濱甫(おおはまはじめ)・多田智満子両氏の名訳をそのまま収めたものだ。残りの未訳作の翻訳を、新たな4人の方にお願いして完成させた。
だからこの本は、「編集者がつくった本」ではあるけれど、それと共に、「編集者をつくった本」でもある。=朝日新聞2020年11月4日掲載
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