物語の舞台は1936年のギリシャ。隣国トルコとの対立の中で強制移動させられ、アテネ市内のスラムで底辺の暮らしを送らざるをえない移民たちが主人公だ。我々にはあまりなじみのない設定だが、読み始めると、活写される人々のバイタリティーにぐいぐいと引き込まれていく。どこか日本の戦後混乱期の闇市を連想させるような、荒々しくて刹那(せつな)的な活気が、絶妙な色使いの画面の中でほとばしる。この空気感を象徴するのが、彼らの生み出したレベティコと呼ばれる音楽だ。
酒や麻薬や暴力に満ちた、いかがわしい日常を送る主人公たちは、ただレベティコの演奏の時間の充実だけに生きがいを求めるように、その日暮らしの生活を送っている。物語は、彼らのたった一日のできごとを描写しただけで終わるが、そこに表現された人物の存在感とライブ感は鮮烈だ。今ここで音が生まれ、燃え上がり、消え去っていくのを感じる、ライブの時間。それが生きるという意味でのライブとも重なり、作品全体のひとコマひとコマからにじみ出る。大判のオールカラー本なればこその表現だ。日本のモノクロのコミックスサイズのまんがとは違う読書体験の醍醐(だいご)味が味わえる。=朝日新聞2020年11月7日掲載