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松成真理子さんの絵本「まいごのどんぐり」 男の子とどんぐり、心の交流と成長の物語

文:澤田聡子 写真:本人提供(プロフィール)

どんぐりが大好きだった

——「なんでこんなに好きなんだろう?」と大人が不思議に思うほど、子どもたちを魅了する「どんぐり」。松成真理子さんの絵本『まいごのどんぐり』(童心社)は、そんなどんぐりと小さな男の子の心の交流を細やかに描き出す。いつもカバンの中は拾ったどんぐりでいっぱいのコウくんは、「ケーキ」と名付けたどんぐりが一番のお気に入り。ころころ転がってかけっこ、雨の日のお散歩、一緒に入ったプール……季節が移り変わるなか、コウくんとケーキはかけがえのない相棒として日々を過ごしている。ところがある日、コウくんのカバンからケーキが道端に落っこちてしまい——読後はじんわりと心があたたかくなる、優しさに満ちた物語だ。

『まいごのどんぐり』(童心社)より

 自分で文と絵を手がけた最初の作品が、2002年に出版したこの『まいごのどんぐり』。絵本を描く前は、イラストレーターとして雑誌や広告の仕事をしていました。当時の画風は今とはかなり違っていて、リアルに描き込んだ水彩の小さな絵を描いていました。バブルのころで仕事はたくさんありましたが、10年くらいずっと同じ絵ばかり描いているような気がしてきて「もっと違うものも描いてみたい」という思いがムクムクと大きくなっていったんです。

 そんなとき、絵本月刊誌から物語の挿絵の仕事をいただいたんです。「言葉に絵を付ける」のが楽しくて「なんて自由な世界なんだろう」と衝撃を受けました。友人からも「絵本を描いてみたいと昔からずっと言っていたじゃない。そろそろ挑戦してみたら?」と背中を押されて、出版社に作品を見てもらう機会を得ました。初めて作ったのが紙芝居『みにくいあひるの子』と、松井スーザンさんが文、私が絵を担当した絵本『こねこのフーシカ』(いずれも童心社)です。

 『まいごのどんぐり』は、「絵本に本気で取り組もう」と思った時期に、小さなギャラリーで発表した作品が原型。文も絵も制作する絵本は初めてだったのですが、悩みに悩んで、ある日思い付いたのが、子どものころ大好きだった「どんぐり」だったんです。小さなころはいっぱい拾ったなあ、丸いのや細長いの、どんぐりにもいろんな形があって、父が「これは椎の実。これはナラの実。本当のどんぐりはこの丸いのや!」とウソかホントか分からないことを教えてくれたなぁ……思い出していたら、どんぐりを拾ったときの感触までありありと蘇って。当時、幼稚園児だった甥っ子が幼稚園の片隅で拾ったどんぐりをうれしそうにプレゼントしてくれたことも、創作のヒントになりましたね。

『まいごのどんぐり』(童心社)より

 ギャラリーに展示した絵本では、どんぐりが「名無し」だったんです。でも、編集者のアドバイスで名前を付けることになって、さてどうしようかなあと、最初のページ――コウくんがバースデイケーキの上にお気に入りのどんぐりを得意そうに置いた絵――を描いていたら、ふいに「あ、このどんぐりの名前は『ケーキ』だ」と浮かびました。「コウくん」と「ケーキ」、2人の名前が決まったときから、それぞれの性格が自然と形作られて、物語が動き出しました。

そっと見守ってくれる存在

——物語は終始、どんぐりの「ケーキ」の視点から語られる。コウくんの元を離れてからも、その成長をひっそりと見守り続けるケーキ。新しいどんぐりの実をたくさん落とす木に成長したケーキと、大人になったコウくんの再会の場面が心に残る。子ども時代から大人へ、そこから続く未来も感じさせるようなストーリーはどのように作られたのか。

『まいごのどんぐり』(童心社)より

 絵本では「自分を励ましてくれるもの」が描きたかったんです。しんどくなったときにも、誰かにそっと見守られていたらいいな、そういう存在があればみんな元気でいられるんじゃないかと感じて。それは、別に「人」でなくてもいい。植物は自分で歩いたり、寄り添ったりはしないけど、私たちを癒やしてくれるものを発しているんじゃないか。自分では気づかないけど、ずっと大きな愛で見守ってくれる……そういう存在が描きたかったのかもしれません。

 「生きる」って、「つなげていくこと」なのかな、と最近考えるんです。祖父、祖母、父、母、そして自分へ……という命のつながり。『まいごのどんぐり』でも、どんぐりのケーキが大きな木へと成長し、葉を茂らせて、またどんぐりの実を落とす。小さかったコウくんも大人になり、もしかしたらお父さんになって、子どもを連れてケーキに会いに来るかもしれない。つながって伝えていく思いや希望のようなものを、描きたいのだと思います。

「伝えていきたい風景」を描く

——春夏秋冬の移り変わりや、そっと息づく木々や虫たち、子ども時代の輝くような思い出とそれを見守ってくれるあたたかな存在。「処女作にはその作家のすべてが詰まっている」というが、『まいごのどんぐり』にもそれが当てはまるのではないか。なかでも、松成さんの絵本ならではの魅力を放つのが、いきいきと鮮やかに描かれる四季の風景だ。

『まいごのどんぐり』(童心社)より

 私は大分県の国東半島の生まれなのですが、とても自然が豊かなところで。その景色は自分の「原風景」として、今も記憶に残っていますね。小さなころに大阪に引っ越しましたが、子ども時代は大阪にも田んぼがまだたくさんありました。単なるノスタルジーにはしたくないのですが、そうした昔ながらの懐かしい自然は、絵本のなかに残していきたいなと思っています。

 絵を描くときは、考えすぎずにとにかく手を動かします。たとえば、読者が印象的だとよく言ってくださる『まいごのどんぐり』の夕焼けのシーン。「真っ赤な夕陽が描きたい」というイメージだけあったのですが、何気なくそこにあった黄色をさーっと入れてみたら、思いのほかよかった。秋の景色を描くときは、「葉っぱ」とか「地面」の気持ちになって描いているのかもしれません。

 水彩って絵筆を置くだけで、絵の具が水の分量によって流れたりそこに溜まったりする。絵筆を無心でおろしてそれが面白かったらそのまま使うし、違うと思ったら変えていく。風景だけでなく、子どもの表情もリラックスして作業するといい顔が描けます。ガチガチに作り込んだり、こういうのを描かなきゃ!と身構えたりしていると、理想と現実がどんどん離れていく(笑)。だからとにかく無心にぽんっと絵の具を置いていく……そうやって描いています。

『まいごのどんぐり』(童心社)より

 今回、『まいごのどんぐり』を久々に読み返して感じたのは、「当時の自分が絵本で表現したかったこと」を一生懸命出し切ったんだなということ。今も新しい絵本を構想中なんですけど、なかなか思うようには進まなくて。お話をつくるときは、毎日のように考えていても、「ああ、今日も何も思い浮かばなかった……」という日々が続くこともあります。でも諦めないで考え続けていると、突然ヒントがきらきらと降りてくることがある。

 しんどくなるまで考えないと、ひらめきって降りてこないんですよね。だから常に「考え続ける体力」が大事なんだと思います。道端に咲いている花や草でこしらえた花束をそっと手渡すような気持ちで、この先も絵本に関わり続けていけたらうれしいですね。