- 片山廣子幻想翻訳集 ケルティック・ファンタジー(未谷おと編、幻戯書房)
- アラバスターの手 マンビー古書怪談集(A・N・L・マンビー、羽田詩津子訳、国書刊行会)
- 城の少年(菊地秀行作、Naffy絵、マイクロマガジン社)
今から40年近く前、研究批評誌「幻想文学」の創刊に際して、編集長を拝命した私には幾つかの野望があった。そのひとつが松村みね子(=歌人・片山廣子の筆名)のリバイバル。大学時代、神保町で奇蹟(きせき)的に入手した第一書房版『かなしき女王』を読み、ケルト幻想文学の卓越した翻訳・紹介者であるこの知られざる先達を、現代に蘇(よみがえ)らせたいものと熱望したのだった。
未谷おと編『片山廣子幻想翻訳集』は、右の『かなしき女王』の完全版+雑誌掲載異稿ほか幻想文学系の仕事を網羅した待望の作品集。編者によるレアな資料蒐集(しゅうしゅう)の成果が惜しみなく開陳された一冊であり、ケルト幻想の探究者には必読必携の一巻である。
ちなみに今年は、三島由紀夫の没後半世紀で、命日に合わせた本紙夕刊の特集をはじめ多様な三島論が登場した。三島は高校時代に随筆「本のことなど」で『かなしき女王』の訳業を(一切の予備知識なしに)いち早く絶讃(ぜっさん)しており、その抜粋が本書の帯には掲げられている。たまたま私も今年、三島の幻想文学アンソロジーを編んで、同じ一文に感銘を受けていたところだったので、これはたいそう嬉(うれ)しい偶然の一致だった。幻想文学ファンの琴線を直撃する、典雅にして良質な訳文を、思うさま堪能すべし!
年末年始、心静かにコタツでひもとくにふさわしい珠玉の小説集を、もう一冊。『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』は、われわれ日本人におとらず怪談が大好きな、英国人気質が横溢(おういつ)する一巻だ。著者は、ケンブリッジ大学の碩学(せきがく)にして正調骨董(こっとう)怪談の創始者でもあった巨匠M・R・ジェイムズを敬愛する学究肌の人物で、好きが嵩(こう)じたのか、みずからも粒ぞろいの怪談集一巻を遺(のこ)した。その全訳が本書である。先達の遺業を墨守しつつも、随処(ずいしょ)に新味を盛り込んでいて、伝統の重みと有難(ありがた)みが伝わってくる。
伝奇バイオレンスの驍将(ぎょうしょう)・菊地秀行が、絵本に挑戦!? 大判の新刊『城の少年』のテーマは、自家薬籠(やくろう)中の〈吸血鬼〉――しかもモンスター・バトルものではなく、孤独な少年を主人公とする、哀切にして妖美、古風にしてロマンティックな物語。菊地が、古典的な泰西吸血鬼映画のどういう部分に最も影響をうけたのかが、手に取るように分かる内容となっている。ここには作家・菊地秀行の〈核心(コア)〉がある。
一夜のうちに消え失せた城の住人たち、放浪者(ロマニー)の美女との儚(はかな)い恋、謎めいた黒衣の麗人(そう、あの男が登場するのだよ!)との緊迫の駈(か)け引き。うら寂しい中欧の自然と城郭をスタティックに描き出した新進絵師Naffyの手腕にも、瞠目(どうもく)すべきものがある。=朝日新聞2020年12月23日掲載