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伊集院静さん初の時代小説「いとまの雪」インタビュー 「忠臣蔵」題材、どう生きどう死ぬか問う

伊集院静さん=興野優平撮影

耐えきった先の反逆精神

 古希を迎えるにあたって、伊集院静さんは新たな挑戦を始めた。初の時代小説、しかも題材は赤穂事件。『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯』(KADOKAWA)は、単なる忠義のあだ討ちにとどまらず、時の政権への反逆の物語に仕上がっている。

 優れた時代小説には、共通して「反逆精神」があるという。「主人公が、自分の生き方を変えずに、封建制社会にどれだけ耐えきれるか。耐えきった先に、それらに立ち向かう反逆精神が生まれる。それをいかに面白く書くか」

 赤穂事件を題材に選んだのは、「今まで現代小説で書いてきた気骨、美学が成立するもの」を書きたかったから。それが赤穂藩の筆頭家老・大石内蔵助だ。主君・浅野内匠頭が吉良上野介に切りつけた刃傷沙汰の後の、あまりに尊厳を無視した庭先での切腹申しつけに、〈君、辱められし時は、臣死す〉と藩士一同に告げる。

 彼が立ち向かっていた相手は、吉良一人だけではない。5代将軍、徳川綱吉とその治世のありようだった。綱吉の治世は、金銀の産出量が低下し、多くの藩が改易の憂き目にあった。財政が行き詰まった幕府は、米以外の産物で経済を回そうとしている小藩に目を付けた。塩で知られる赤穂藩も、その一つだったというのだ。

 ただ、いかに内蔵助が優秀でも、それだけであだ討ちはできなかったと伊集院さんはいう。「バックボーンとなる経済力がないと。そのためにどうしても大野九郎兵衛が必要だった」

 九郎兵衛は、赤穂藩の次席家老。「忠臣蔵」という通り名の由来となった『仮名手本忠臣蔵』では家臣への配分金に目のない、裏切り者として登場する。庶民に嫌われてきた存在だ。

 伊集院さんが描く九郎兵衛は、そろばん勘定が達者で、口癖は「金の掛かることはご勘弁」。そのため、周囲からはうとまれるものの、隠れた心根は忠義の武士そのものだった。名誉を捨てて嫌われ役を引き受け、四十七士に名前を残さない役回りが心憎い。「笑って死なせてやりたいと思った。もしかしたら『四十八士』の中で一番形が良いのは彼かもしれない」

 作中、〈生きるは束(つか)の間、死ぬはしばしのいとま〉という死生観が人から人へ、伝えられていく。それは若くして弟を亡くし、前妻をみとった伊集院さん自身の感覚だ。昨年1月のくも膜下出血による緊急入院を経てもなお、「僕の精神です」と揺るぎない。「どう生きるか、はどう死ぬかと重ならざるを得ない。ただ、どう死ぬかを考える現代人がどれほどいるか。それに対して、こういうことじゃありませんか、と小説家はつねに反骨を持っておかなければいけないのでね」(興野優平)=朝日新聞2021年1月6日掲載