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「物理村の風景」書評 ゆったり流れる時間の下で研究

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月16日
物理村の風景 人・物理・巨人・追想をちりばめた宝石箱 エッセイ集 著者:亀淵迪 出版社:日本評論社 ジャンル:物理学

ISBN: 9784535789241
発売⽇: 2020/11/12
サイズ: 20cm/345p

エッセイ集 物理村の風景 人・物理・巨人・追想をちりばめた宝石箱 [著]亀淵迪

 情報が途絶した第2次世界大戦下にあっても、湯川・朝永に代表される日本の素粒子理論物理学者は、独創的な研究を継続していた。おかげで、その薫陶を受けた世代は、その後、欧米に渡り世界的に活躍できた。
 その一人が93歳になられる著者で1950年代後半から60年代にかけてコペンハーゲンのニールスボーア研究所、ロンドンのインペリアルカレッジに留学し、帰国後は、東京教育大学で朝永振一郎とともに素粒子理論研究室を主宰した。
 本書は、物理学の巨人たちと著者との個人的な交流を縦糸、趣味の音楽を通じて知り合った人々との出会いと別れを横糸として綴(つづ)られた色とりどりの織物のような珠玉のエッセイ集だ。
 古き良き時代に研究人生を心から楽しまれた様子が「物理村」というタイトルに凝縮されている。私にとっては教科書でしか知らない歴史的物理学者たちが、等身大の「村民」として登場することに驚かされた。
 にもかかわらず、学者的な上から目線は皆無で、語られる逸話の数々はいずれもほのぼのとした温かな余韻を残してくれる。
 20世紀を代表する物理学者ボーアやハイゼンベルクと同じ風呂に入った。ボーアが研究所の所長室に著者の写真を飾っていた。エリザベス女王が著者について語った。チャーチルが著者の存在を認識した。ロマノフ王朝系のプリンセスに会った。「ホントにホントの話」の中のこれら5題噺(ばなし)を読めば、著者の人となりまで想像できて心地よい。
 それにしても、ゆったりと流れる時間の下で生活を楽しみながら研究できていた、半世紀以上前の物理学者たちが心底羨(うらや)ましい。
 これに対して、現在の研究者は、競争・評価・研究費申請・学内外会議など、常に何かに追われつつ、その合間をぬってかろうじて研究しているのだから。
 在りし日の物理村の風景を憧憬(しょうけい)の念とともに堪能しながら、なぜか故郷の高知がふと懐かしくなった。
    ◇
かめふち・すすむ 1927年生まれ。筑波大名誉教授。著書に『素粒子論の始まり』『物理法則対話』など。